大丈夫って言ってほしい(ちと光)





いつもはべたべたに優しい千歳先輩が初めて、俺に初めて、鋭い眼光を向けた。

「光くんには、分からんたい。大丈夫、なんて…簡単に言ったらいけんよ」




千歳先輩は治療を続けとるけど、右目は良くはなっとらんらしい(時々左目をおさえては自分の視界の狭さに溜め息をついとる)。俺は千歳先輩が好きやから、いつも笑っとってほしい。元気を出してほしくて珍しく素直に声をかけたんやけど、失敗やった。

「千歳先輩、大丈夫ですよ。治療を続ければきっと良くなりますわ。うん、大丈夫や」

俺なりに一生懸命千歳先輩を励まそうとした。でも俺はどんなに心を込めたつもりでもどうやらなかなか伝えられんみたいで。

(今日は帰ろう)
(嫌な思いさせた、かな)

でも大丈夫って思わな良くなるものも良くならんやんか。





俺は気付いたら寝てまっとって、夢を見た。千歳先輩の夢。千歳先輩が、左目も見えんくなる夢。先輩は「ひかるくん、どこ?」て手探りで俺を探す。俺も必死で手を延ばすけど、なんでか届かん。

嫌だ、千歳先輩千歳先輩千歳先輩千歳先輩!


「……っはぁ、はぁ、ふ、はぁ…なんや、夢…」

汗を拭うよりも早く家を飛び出した。あの人は飄々としとるしあまりの自由人ぶりに腹が立ったりもするけど、千歳先輩を俺はやっぱりほっておけん。千歳先輩がふらふらいなくなるのは、きっと誰かに見つけてほしいから。自分がいつか一人になるんやないかって、心のどっかで疑ってるからやと俺は思う。


ガチャッ
「痛っ」
「あ」


勢いよくドア開けたらなんかにぶつかった。それは…

「千歳先輩」
「光くん」
「あ、えっと…上がってください、ここじゃなんやし」
「いや、すぐ済むけんここでよかばい」

なんやろ、それより俺さっきのこと謝らなあかんって思っとったら抱きしめられた。


「ちょ、千歳先輩!こんなとこ、誰かに見られたらはずいっ」
「光くんごめん。俺自分のことばっかで光くんに嫌なこと言った。」
「千歳、先輩…」
「誰も俺の気持ちなんか分からんって思っとったっちゃ。同情されるのは寂しいけん。ばってん、一人でこんこと抱えるのはもっと寂しくて、辛い」
「……………」
「なぁ、光くん。俺光くんに酷いこと言った。じゃけど、やっぱり…光くんに大丈夫って、言ってほしい」


ちっちゃい声で「ごめん」って言って千歳先輩は俺から離れた。せやから俺は千歳先輩の顔を両手で包む。


「千歳先輩」
「………」
「千歳先輩、こっち向いてや」
「………」
「千里さん」
「へ」
「千里さん、大丈夫や」
「ひかる、くん…」
「千里さんの目は、絶対治る。千里さんがどっか行っても、俺が絶対見つける。俺は、あんたから離れていかん。全部全部、大丈夫」
「光くん…」
「千里さん、好き」
「…俺も、光くんを愛しとる」

もう一回俺を抱きしめて千里さんは何回もありがとうを繰り返した。


ねぇ。もしも両目見えなくなったら、俺の片目をあんたにあげる。でもそんなこと言うとあんたは「そんなの駄目たい!」て言うやろ。なら気合いで治せ。ずっとずっと傍におったるから。

メソメソし出したもじゃもじゃの手を引っ張って家の中入れた。今から一緒にトトロでも見ようかな。



大丈夫。あんたは俺がおる限り、大丈夫。



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