魔法の言葉
光がいなくなった。白石からそう連絡が来たときは心臓が止まるかと思った。
携帯は部屋に起きっぱなし。携帯依存症のあの光が携帯を置いていくなんて、どうやら本気で連絡を絶つつもりみたいや。あ、iPodは持ってったらしい。あとは、手紙が三通。
一通目は「家族へ」。封筒には入っとらんくて、書き置きみたいなのん。すぐ帰ってくるで。ちょっと友達んち泊めてもらうだけやさかい。そないな内容。光の家族はそれを信じとって「夏休みやし遊んどんのやろ」としか思ってへん。
二通目は「白石部長へ」。三通目と一緒に白石ん家のポストに入っとったらしい。家族宛のそれとは全く違う内容やった。テニス部の上級生からいじめにあっとったこと、ずっと我慢しとったけど今日ガットを切られて耐えれんくなってまったこと。今は部室に行ったら泣けてまうから…絶対無理はせんからしばらくはそっとしといてほしいということ。あとこの内容は家族に見せんで欲しいってことが書いてあった(白石は俺にだけこそっと見せてくれた)。
最後の一通は、俺宛。「謙也さんへ」と書かれた封筒を、俺は震えた指先で開いた。
謙也さんへ。
急にこないなことしてすみません。謙也さんのことやから、白石部長宛の手紙も読んだやろ?まぁそーゆーことっすわ。迷惑かけて本間悪いと思っとります。せやけどしばらくは現実から離れさせてほしいんすわ。
いろいろきついこと言われて、腹殴られて。それでも俺がテニス部を辞めへんかったんは、多分謙也さんがおったからやと思う。
あんたとのダブルスは本間に楽しかった。それにこんなめんどくさい俺と一緒におろうとしてくれはった。これでも俺、めちゃめちゃ嬉しかったんですよ。
謙也さんが言うてくれた「辛いことあったらなんでも話してくれてええねんで」て言葉にどんだけ救われたか、あんた知らんでしょ?でも言えへんかった、死にたいやなんて。
そのうち帰ります。心配せんでください。
最後に、ずっと言いたくて言えんかった言葉があるんです。せやけど、やっぱり言えんみたいですわ。ほな。
財前 光
俺は阿保や。お前がこんなにも悩んどんのに俺は気付けんかった(思い返せばおかしい節はいくつかあったかもしれん)。俺もお前にずっと言いたくて言えんかったことがあるねん。お前を好きやって、まだ言えてへんのや。探したらなあかん。俺がお前を見つける。
*
光がおらんくなって1週間たった。光の家族は結構放任で、ちょっと長いけどまぁ友達ん家やろし男の子やし大丈夫やろ、なんて言うとった。俺は光を探しまわった。光が帰ってこぉへんかったら、どないしよ。
「え……謙也、さん?」
びっ………………くりした。光や。光がおる…!たまたま通ったうちから近所の居酒屋の裏口から光が出て来た。まさに灯台元暗し、やな。
「ひ、ひか……なんでここにおるん?」
「…ここで歳ごまかしてバイトしとるんすわ。ここ日払いやから」
「寝るとこは?」
「そこの漫喫」
なんやもう、よかった。もう光がおらんくなるのは嫌や。絶対嫌や。
「死にたいなんて、聞いとらんのやけど」
「…やって、言うてへんもん」
「阿保やお前、本間に阿保や」
「……なんで、なんで謙也さんが泣くん?」
「お前のせいやろ阿保、はよ帰って来い」
俺は光を抱きしめた。光の肩が俺の涙で少し濡れる。
「もういじめなんあわせんから、お前の居場所は俺が作るから。それでも信じれんなら…俺がお前の居場所になるから、せやから、」
せやから、帰って来て。そう呟くと光は小さく頷いてくれた。これからは、俺が守るからな。
次の日から光は部活に来た。飄々としとって毒舌炸裂。…本間にこいつって奴は。
「光ー、お前がおらんからこの一週間俺全然ダブルス練習出来んかったんやからなー。責任とって付き合えや」
「望むところっすわ」
光は、もう大丈夫。嫌な奴らもおるけど光を好きな奴もいっぱいおるし。それに……俺も、おるし、な?
「あ、謙也さん」
「なんや」
「ずっと言いたかったけど言えん言葉ってゆうの、やっぱりまだまだ言えそうに無いんすわ。せやけどいつか絶対言うんで待ったってくださいね」
「……おう!」
そのときは俺も、お前のことが好きやって言うてやろう。今日は空が、一段と青い。
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