掌の白雨

大粒の雨が降りしきる中、私は家までの道を必死に走っていた。

傘、持って来れば良かった。傘を忘れたお陰でずぶ濡れになりそうだ。
今朝は既に雨雲がちらついていたのに、面倒だからと雨具を持たずに出掛けてしまった。物草な性格が災いした。

小走りで砂利道を通り抜けたら、運悪く水溜まりの水が足元にかかった。眉をしかめたり、溜め息を吐く暇は無い。そんな暇があるなら雨宿り出来る場所を探さなければ。


「うわ、大雨だー!」

「こら、風邪を引くわよ!家に居なさい」

「はーい」


近くの家の中から、親子の明るい声が聞こえる。子供にとって雨は最高の遊び道具だろう。個人的には遊ばせてあげたいとも思うけれど、親御さんが正しい。さもないと風邪を引いてしまう。




ようやく雨を凌げる屋根を見つけた。急いでそこに入り込み、壁に身体を持たせかける。右手を首に引っ掛け、足元の水溜まりに目を落とした。
晴れの日なら夕焼けが綺麗な時間だけれど、水溜まりに茜色の空は映っていない。映っているのは、暗い雨雲と色褪せた屋根だけだった。


それにしても、後どの位で雨は止むのだろう。好い加減止んでくれないと、日が暮れてから家に帰るのは面倒臭い。
目を瞑り耳を澄ますと、雨のさらさらとした音だけが耳の中で揺れていた。あの人の声の次に好きな、性に合う心地良い音だ。

「白雨」や「時雨」と言えば、この大雨も少しはロマンチックになるだろう。




暫く目を瞑ったままでいると、段々と雨の音が遠ざかるのが分かった。雨は大雨から霧雨程度になっていた。
良かった。これで家に帰れる。
屋根を出て歩き出そうとすると、私の大好きな声が後ろから聞こえて来た。


「…名前か?」

「あ、ネジ」


白い眼をした青年がこちらへ歩いて来た。髪から雫を滴らせている。水も滴る良い男、か。しっくり来る。


「お互いずぶ濡れね」

「ああ」


表情を変えずにネジが頷く。この人は滅多に笑顔を見せない。


「任務はもう終わったの?」

「ああ、暫くは休みだそうだ」

「お疲れ様」


一応ネジは私の恋人で、何より大切な人だ。その恋人が自国の為に命を賭して働く忍者だと、簡単な任務にさえも多少の心配をしてしまう。ただ、そこを無理に察して「大丈夫だ」等と綺麗事を言われても困る。それにネジも無闇に命の心配はされたくないだろう。重い話は必要異常に触れないのが一番だ。


「早く帰って着替えないと…濡れたままだと寒いわ」

「そうだな」


ごく自然に、控えめに差し出されたネジの右手を握る。掌が温かい。
彼が帰るのは日向一族の屋敷、私が帰るのは屋敷から離れた小さい家だ。そのほんの僅かな距離が、時折私を泣かせている。

数時間しか失わないネジの体温が、永遠に何処かへ消えそうで、怖くて。

それでも前を向いているネジが、何故か羨ましくて。


「…ネジ」

「何だ」

「何でもない」

「どうした」

「何となく」


このままで良いんだ、ネジは受け入れてくれるんだと分かっているのに、思わず不安だと言いたくなってしまった。その言葉の代わりに少し歩幅を広くして、ネジとの距離を出来るだけ短くする。


「何か言いたいのか?」

「ええ…好きよ、って」

「……」


ネジが立ち止まり、黙ってこちらを向いた。いつになく優しい表情で私の頬に手を添え、顔を近付けて来る。
私は目を閉じ、彼の右手を強く握った。



唇に温かい感触が伝わる直前、ネジの、


「好きだ」





穏やかで甘い囁きが、聞こえた気がした。








…………
雨と信頼と距離と不安定のお話です。
大事な人への浅はかなセンチメンタルは必要不可欠だと思うのです。←




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