wind,wind,wind.

私は、風が強い日が好きだ。晴れの日には味わえない、独特の温かい雰囲気が好きだ。
あの人は覚えていないかもしれないけれど、あの日も風の強い日だった。
私にとっては特別な、あの日も。

良ければ、少し聴いてくれるかしら。





―――あれは、任務が終わった直後の事だった。冬だというのに蒸し暑い風が吹き荒れ、灰色の雲が空を覆い尽くしていた。
私は偶然同じ任務に付いていたネジと一緒に空を見上げ、溜息を吐いた。


「台風になりそうだな」

「大雨が降りそう…」


自分の片思いの相手―――つまりネジとの任務で嬉しいのに、天気が悪いだなんて。気分が沈んでしまう。一端休憩して体を休めたいけれど、一刻も早く里に帰って報告を済ませるのが先決だ。


「ネジ、早く帰ろう…ああもう、台風なんて、宇宙に飛んで行けば良いのに」

「意味の分からない愚痴だな」

「気にしないで…うわっ!」

「おい!」


さっきまでとは比べ物にならない程の強い向かい風が、私達二人を襲った。いつもはこんな風なんて屁とも思わないけれど、この時は疲れていたせいか体が鈍くなっていた。足を踏ん張り損ねた私は、運悪くバランスを崩して後ろに倒れ込んでしまった。



が。


「おい、大丈夫か?」

「…え、あ」


格好悪く地面に尻餅を付く筈だったのに、私は何故かネジの腕の中に居た。
顔から十数センチも離れていない場所に、ネジの顔。


「どうした、名前」


今、私はネジに抱きかかえられている。好きな人に抱きかかえられている。抱き、かかえられて、いる。
状況を理解するのに、しばらく時間がかかった。理解した途端に、心拍が一気に速くなった。顔が異常に熱かった。


「ネ、ネジ!大丈夫大丈夫!!ごめん!本当ごめん!」


慌てて起き上がろうとするも、足に力が入らなかった。
抱き留められただけの癖に、ネジの腕も身体も顔も首も脚も腰も、全てが私に近過ぎる。至近距離過ぎる。心臓に悪い。

何でもなさそうな表情をしたネジの顔をこれ以上見たら、絶対に腰が抜けてしまう。そう思った。
ネジの顔から目を背け、私はもう大丈夫という様にネジの腕辺りを軽く押した。

軽く腕に触れるのでさえ、とても緊張した。


「あの、もう大丈夫です…すいません」

「今回の任務はかなり大変だったからな、後々の体調は気にしておいた方が良い」


私がバランスを取り戻すと、ネジは私から手を離して言った。
ネジに触れていた箇所が、ほんのり熱い。それが彼の体温の名残だったのか、彼に恋をしている自分の錯覚だったのかは分からない。どちらでも良い。


どちらにせよ、この出来事は私のネジへの恋心を更に増長させる、とても嬉しい日になったのは変わりが無かった。







―――一通り話し終えると、名前は正面の椅子に座っているテンテンに声をかけた。


「それが、丁度一年前だったと思う。ネジは覚えていないだろうし、尻切れとんぼで下らない話だけど…少なくとも、私にとっては特別な日」

「凄く素敵な話じゃない!良いわねえ、恋って」

「話すのが恥ずかしかったわ」

「もう、青春ねえ…」


目を輝かせ、まるでガイの様な事を言うテンテン。
やっぱり女の子は分かってくれるよね、と名前は笑った。
この嬉しさも、甘酸っぱさも。男の恋とはまた違った感情だろう。


「未だに告白出来てないのが、少し悔しいけどね」

「出来てなかった、でしょう?「今日、ネジに告白する為の区切りを付ける為にこの話をさせて」って貴女が言ったんだから、頑張らなきゃ!」


テンテン特有の明るい笑顔を見て、名前も軽く笑みを零した。


「そういえばそうだった」

「そろそろ告白しに行ったら?私はこの店で待ってるから、安心して」

「本当、テンテンには感謝しきれないよ…」


名前は席から立ち上がり、深く深呼吸をした。
テンテンに背を向け、出口へと歩き出す。
その数秒後に、テンテンが名前に向かって叫んだ。


「勿論、私には一番に結果を教えてくれるんでしょうね?」

「分かってる、テンテン。有難う、行って来ます!」





振り返った名前が、優し気に笑う。

その時、空は一年前と同じ、何処か甘い灰色の曇り空に覆われていた。







…………
どうなったかは、皆様の御想像にお任せします。うふふ。




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