「睡眠って体力使うんですって。だからおじいちゃんは寝てられなくて早く起きちゃうらしいですよ」

「…なんですか突然」

「おはようございますウォーカーさん。太陽とともに起床だなんて健康的なおじいちゃんですね」


こんな朝っぱらから廊下をほっつき歩いてどうしたんですか?徘徊癖ですか?と笑顔で尋ねてきたこの少女は最近科学班にやってきた科学班第二班のエース。つまり元・中央庁科学室のエリートだ。リーバーさんやジョニーは、他の元中央庁の科学班員とは違って気さくで優しい良い子だと彼女のことを高く評価しているけれど、それは彼女の表の顔に騙されているからに違いない。気さくで優しい良い子は人のことを老人呼ばわりしない。


「…眠れなくて、散歩してただけです」

「まあ。90歳とは思えない健康体ですね」

「僕は15歳ですよ。そういう君こそ朝っぱらからこんなところで何を?人のこと言えないんじゃないですか?」

「私は早起きじゃなくて寝てないんですよ。どこかの呑気なエクソシスト様と違って私達科学班は1分1秒が戦いですから」


にっこりと嫌味な笑顔に腹のむかつきが倍増した。これのどこが、気さくで優しい良い子だ?嫌味な二重人格女の間違いだろう。


「それでは私はこれで」

「ええ、そうしてください」

「……あの」

「…なんですか」

「何でついてくるんですか?大声出しますよ?」

「たまたま行きたい方向が被ったという考えが君にはないんですか」

「ああ、そう。それは失礼しました。参考までにどちらまで?」

「談話室です」

「奇遇ですね、私もです」

「……」

「そんな嬉しそうな顔しないでください。私は非常に残念で仕方がないんですから」

「僕も今すごく嫌な顔をしたつもりだったんですけどね」

「折角人がいない談話室で静かで優雅なひと時を過ごせると思ったのに」

「同感です」

「仕方がないから談話室で私と同じ空気を吸うことを許可してあげます」

「…それはどうも」


行くのをやめる、という選択肢が頭に浮かんですぐにかき消した。それでは彼女に負けたことになる。

談話室までの道を無言で歩いた。することもなくてなんとはなしに、目の前を闊歩する彼女を眺めると、その後ろ姿は意外にも小さくて、華奢な身体をしている。エリートの中のエース、ましてやそれが年端もいかない少女だなんて、格好の話題に他ならないので、彼女についてのプロフィールや逸話は嫌でも耳に入った。話ばかりが大きくなってその姿形までは予想していなかったが、こうしてみると案外普通の女の子だ。


「式部さん、でしたっけ」

「…物覚えが悪いんですね、可哀想に」

「お言葉ですけど、僕と君は正式に名乗りあったことも自己紹介したこともないと思いますよ」

「そうでしたっけ」


談話室の扉を開けながら、振り返らずに彼女は答える。中に入るとそこかしこに飾られたドライフラワーの心地よい香りが空間を満たしていて、その安心するような匂いが眠気を誘った。


「これ、ドライフラワーの香りですか?」

「そうですね」

「ウォーカーさんと同じ香りがします」

「、え?ああ、それはどうも」

「枯れた植物の香り」

「……」

「何か?」

「いえ、別に」


離れて座ろうと固く心に誓った。
いつもここに来るときは人と来ることが多かったから、大きめのソファーを占領していたけれど、今日はそうはいかない。なるべく隅っこの方で、尚且つ眠くなったら転寝もできるくらいの2人分くらいはゆとりのあるソファーに腰を下ろした。


「……」

「なんですか?」

「それはこっちの台詞なんですけど。なんでわざわざ同じソファーに座るんですか。狭いでしょ」

「確かに狭いですね。ウォーカーさんもっと詰めてください」

「いえ、そういうことじゃなくて、」

「これより私は読書に励みます。邪魔しないでください」

「あのね……」


言うが早いかすぐに本の世界へと没頭した彼女は、もう僕の言葉なんて聞こえていないようだった。それどころか僕の存在すら目に入ってるかも怪しい。隣に座られたことは多少面食らったが、喋らなければ存外気になることもない。そのまま僕も、自分が持ってきた本を開いてページを繰った。


「…ウォーカーさん」

「…おかしいな、君が邪魔するなと言ったはずですよね」

「私が喋るのは邪魔にならないでしょう」

「どこから来るんですかその理不尽な考えは」


本から目を離すことなく、彼女は話を続ける。話しながらページを捲ってることから察するに会話と読書を両立させているらしい。器用な人だと思いながら本を閉じだ。


「イノセンスの調子はどうですか。なんと言いましたっけ、」

「僕のイノセンスですか?」

「そう、ジョンソン&ジョンソンでしたね」

「クラウン・クラウンです」

「惜しかった」

「全然違いますよ」

「私達二班はなかなかイノセンスに関わることについては研究させてもらえないけど、みんなとても興味を持ってるんですよ」

「へぇ、そうなんですか」

「特に寄生型は珍しいですから」

「まあ、そうですね」

「解剖したいって盛り上がってます」

「…勝手に盛り上がらないでくれますか」

「これは失礼」


ふふふ、と笑った彼女は本に目を向けたまま身体を傾けた。


「ちょ、式部さん、!」

「暖かい、ですね」

「は?」

「寄生型も血が通ってるんですね」

「……」

「気分を悪くされたらごめんなさい。でも初めて会ったものだから。おかしいでしょ?同じ人間だって頭では分かってるんですけど、体温の暖かさや香りが人間らしいことに改めて驚くんです」


僕の肩にもたれかかったまま彼女は目を閉じ、本を閉じた。


「15歳、ですよね。顔立ちも体つきも普通の15歳の男の子なんですね」

「…どんなのを想像してたんですか」

「二班のみんなで考えた予想図、見たいですか?」

「ロクなものじゃないことは分かったんでいいです」

「シンプルに言うと、ゴリラとゾウとライオンを足して3で割った感じです」

「君たち僕が人間だって知ってたんですよね?」

「ええ、だから本当に驚いています

こんなに格好いい男の子だったなんて」


息を飲んだ。何度も頭の中で反芻して、理解しようと脳がフル回転する。それでも理解しきれなくて、思わず自分の肩にのっかる彼女の顔を見つめた。


「ウォーカーさん」

「は、はい」


彼女の瞳が僕をとらえた。黒く輝く瞳に飲み込まれそうになって眩暈がした。彼女の扇情的な唇がゆっくり動いて、口角が上がる。


「今度解剖させてくださいね」

「……」

「左腕を重点的に」

「嫌です」


違う意味で眩暈がした。







二班のエース

(科学班ってどうしてこんなのばっかりなんだ)









20131114

二班にエースがいたら私が美味しい
 





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