昔話をしよう。まだ僕が師匠について町から町へ放浪を繰り返していたころの話。あれは寒い冬が終わり日差しがほのかに黄色みがかってきた、そんな卯月の日のことだった。


「こんにちは、クロスはいるかしら?」


ある天気のいい朝、と言っても昼なのか朝なのか中途半端な時間帯の朝、1人の女性が師匠を訪ねてきた。日に照らされると茶色く光る髪を柔らかく携えたその女性は、ふんわりとした笑顔を僕に向けて言った。借り住まいのこの宿を知っていることからして、そこらのスナックやバーで働いている(しかも師匠がひっかけた)女性、というところが妥当な筋だと普段なら思う。そう、普段なら。しかしこの女性からそういう雰囲気をみじんも感じなかった。


「まだ寝てます…」

「起こしたら起きてくれそう?」

「分からないけど、師匠、僕に起こされるとすごく怒るから」


正直に言うとその女性は、自分が起こしても構わないかと尋ねてきた。構わないどころか万々歳だったのでお言葉に甘えてお願いし、師匠の部屋へ案内した。清潔そうないい匂いと決して派手ではないが大人っぽいグレーのワンピースを身にまとう彼女は、やはり師匠がいつも連れ込む女性たちとは何かが違っていた。


「クロス、クロス」

「ん〜エリザ、ダメだろ…」

「クロス、エリザは燃えて灰になったわ」

「!?(なんてこというんだこの人)」

「起きなさいクロス」

「あー……」

「あら、起きた?」

「……」

「ひさしぶりね、元気にしてた?」

「!?」


ガタ、ガタガタ

彼女の顔を認識した途端師匠の顔は青くなり、ベットから転げ落ちた。それはもう突如現れたキングゴジラでも見たかのように。その尋常ではないあわてっぷりに、この人でもこんな表情をすることがあるのかと冷静に思ったことを覚えている。何よりそんな師匠を見るのは初めてだった。


「師匠、この方お知り合いですか」

「全然」

「あなた、クロス・マリアンよね?」

「クロス・マリアンは昨日死にました」

「あらまあ。じゃあ今私の目の前にいるのはどちら様なのかしら」

「はは、どちら様でしょう」

「わかった!クロスの皮をかぶったAKUMAね?それなら仕方ない、殺しましょう」

「ごめんなさい冗談です」

「知ってるわ」


AKUMA
その単語を聞いてピンときた。この人、黒の教団の人だ。
僕が思ってることが伝わったのだろうか、横顔をじっと見つめる僕に気づくと、彼女は柔らかく微笑んだ。


「この子が例の弟子?」

「ああ」

「お手できる?」

「犬じゃねーぞ」

「冗談よ」

「あの、」

「なに?クロスの弟子ちゃん」

「あなたもしかして黒の教団の…」

「そうよ、関係者」

「師匠の同僚の方ですか?」

「ん〜、腐れ縁っていうのかしら」

「忘れたい過去だな」


師匠は苦虫をかみつぶしたような顔でそう言った。この人と話すとき、師匠は普段見せないような顔をたくさんする。それはきっとこの人には心を許せるから、この人にはありのままの自分を見せても受け止めてもらえるから。

あ、そうか。


「師匠の恋人なんですね!」

「は、」

「え?」

「だってすごく仲良いから…」

「あら、仲良く見えた?」

「はい!師匠、とっても楽しそうです」

「お前の視力大丈夫?俺さっきから冷や汗かきまくってんだけど」

「私たちが付き合ってたら嬉しい?」

「はい!すっごくお似合いです」

「冗談やめてくださいよまじで」

「でも残念、ハズレよ。私とクロスは付き合ってはないわ。節操なしは嫌いなの」

「ああ…」

「なに納得したように頷いてるんだ、クソ弟子」


つーかお前何しにこんな辺鄙なとこまで来たんだよ
仏頂面で問うた師匠に対し、その女性はどうしてそんなことを聞くのかとでも言いたげに怪訝そうな顔をした。


「あなたで遊びに来たのよ」

「来ないでください」

「その無粋な顔がみたくなったの」

「俺は観光名所かよ」

「つまらない名所ね」

「お前…」


なめらかな2人の言い合いは、どこからどう聞いても痴話喧嘩のそれで。傍から見たらただのカップルにしか見えないわけで。
2人には否定されてしまったが、やはり僕はこう思うのだ。


「やっぱり付き合ってんじゃん」

「ねーよ!」










師匠と腐れ縁

(嫌よ嫌よもなんとやら)






20120320
 





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