心外な彼女 | ナノ
#
 12





「やあみんな、おはよう」


朝に相応しい清々しい笑顔で控室へとご入室なさったのは、赤い暴君こと、赤司征十郎。巷ではマフィアの息子だともっぱらの噂だ。


「おはようございます、赤司君」

「赤ちんおはよー」

「はよー」

「おはよう」


カラフルな頭が口々に挨拶していくのを満足そうに眺めていた、彼は、しかしすぐに顔をしかめて緑の頭こと、緑間真太郎に尋ねた。


「黄瀬はどうした」

「知らん」

「遅刻じゃないですか?」

「全く毎度毎度…。人事を尽くさないからこうなるのだよ」

「ミドちんが昨日目覚まし時計あげたのにねー」

「あれは別に…!あいつのラッキーアイテムがたまたま鞄に入っていたからで!」

「たまたま鞄に入る目覚まし時計ってなんだよ。ドジッ子か」

「どんだけツンデレなんですか緑間君」


ほのぼのとした会話にあはは、うふふと笑い声が漏れる。試合前の緊張感などまるで感じさせない和気藹々とした雰囲気が控室を包んだ。じゃあ先にウォーミングアップでも始めるかと控室を出て行こうとした4人の背中を見つめ、徐にその内の1人を呼び止めた。


「赤司君」

「なんだい?」

「あの子はどうしたんですか?」

「あの子?…ああ、納言か?」

「一緒に来たんですよね?僕が行くって言ったら君が率先して迎えに行きたいって昨日…」

「ああ、そのことか。捨ててきたよ」

「すて…?」

「あまりにも遅いからね。公道を時速20kmで走るわけにもいかないだろ」

「…一緒に車で来たんですよね」

「俺は車だよ?」

「君の話じゃないです」

「自転車を指定しただけ優しいと思ってほしいね。これがもし仮に青峰だったら迷わず時速40kmで走らせてたよ」

「何で俺だよ。つーかあいつの家からここまでって結構距離あるんじゃね?」

「たったの1時間だよ。車で」

「さすが暴君」


こんな暑い夏の1日に自転車を一時間以上走らせるなんて苦行に他ならない。やっぱりロクな結果にならなかったと溜息をつきながらも、彼女の現在地をしろうと携帯を取り出した。だから僕が迎えに行くと言ったのに、とはこの人を前にしては決して言えない。大体なんでお前人の彼女の家知ってるんだよ、なんてもっと言えない。


「納言に連絡してるのか」

「はい。でも自転車を走行中だとしたら、携帯は見れませんよね」

「大丈夫、発信機を取り付けてある」

「あんた人の彼女に何してくれてんですか」

「意外と束縛が激しいな黒子」

「倫理的な話ですよ赤司君」

「大丈夫。全てに勝つ俺は全て正しい」

「裁判沙汰起こされたら間違いなく負けますよ」


ピコン

その時、機械的な音が赤司君の手のひらにあった機械から響いた。きっと先ほど話題に上がった発信機とはこれのことだろうと、さして詮索もせずに事の行方を見守った。居場所と安全がすぐに分かるならそれに越したことはない。発信機の件はまた後日追及させて頂こう。


「もう着いたらしい。ずいぶん速かったな」

「電車で来る距離なのに……」

「大丈夫だ。最近はみんな自転車で日本1周したりするんだろう?」

「……ドヤ顔で言う君に悪寒がしましたよ」

「俺には到底理解できないがね」

「僕には君が理解できませんよ」


ピリリリリリ

今度はなんだと怪訝な顔をして赤司君を見つめると、当の本人は何食わぬ顔で僕を見つめ返した。否、音の発信源である僕の鞄を。
着信元を画面で確認すると、″帰宅部″と大きく書かれたアイコンと共に清少納言の文字が躍っていた。


「はい」

『ダーリン愛してるから会場の門まで迎えに来てください』

「……掛ける相手を間違えてますよ」

『なんでよ』


心外だ!イジメだ!と声を大にして叫ぶ彼女はとても騒がしい。彼女だけではなく、彼女の周りもが騒がしい。これは何かあったなと憤りを電話にぶつける彼女を差し置いて周りの声に耳を集中させると、女子の皆さんの黄色い歓声が右耳を襲った。


『きせりょ!こっち向いて!』

『納言と付き合ってるの〜!?』

『納言ほそーい、かわいーい、でもジャージださーい』


察しがついてそっと電話を耳から離す。
おい、今ジャージダサいって言ったの誰だコラ、中身で勝負させてくださいお願いします、と彼女が叫ぶ声が小さく響いた。
面倒くさいし放っておくことを心に決めて電話を切ると、赤司君が目を輝かせてこちらを覗き込んでいた。どうしたお前。


「修羅場か」

「やけにイキイキしてると思ったら…変な勘繰りはやめてください」

「おいお前ら。ついに納言が黒子から乗り換えたらしいぞ」

「マジかよ見に行こうぜ」

「フン、興味はないがうちの犬を拾いに行くついでなのだよ」

「清少ちんやる〜。さすがビッチ」

「紫原君殴り飛ばしますよ」

「ごめんなさ〜い」


おそらく黄瀬君と一緒に会場の門から動けず立ち往生しているであろう彼女を思い浮かべると、心に黒い霧がかかっ多様な気分になる。決して意味が分からないわけではないこの感情に名前を付けるのすら腹立たしくて、先程から手の中で持て余している携帯を開いた。


『黒子くん?』

「今からそっちに向かいますから」

『ホント?助かる!』

「首を洗って待っていてくださいね」

「何で!?」







心外な彼女12












20130801




 
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