#
11
「試合は明日ですよ」
帰り道コンビニでパピコをくわえた私に、今更何言ってんだという表情で黒子くんが告げた。お前が何言ってんだ。
「そうなんだ、頑張ってね!今日練習してるところほぼ見なかったけど、ウォーミングアップでばててるところしか見なかったけど」
「君も来るんですよ」
「…何言ってんの?」
「当然でしょう、作戦指揮補佐なんですから」
「そうだよ、補佐だよ!正式な作戦指揮者を連れて行きなよ」
「赤司君です」
「ジーザス」
これは罠である。罠で無かったらなんだというのだ。ちょっとしたお小遣い稼ぎのアルバイトと聞いて参加した1日マネージャーのはずが、知らぬ間に魔王の小間使いへとジョブチェンジさせられていた。恐ろしいことこの上ない状況に、脳内の電線がすべてショートして頭のブレーカーが吹っ切れた。
それから10分ほど黒子くんが翌日の試合について何か話していたようだが、心ここにあらず。気が付いたら自分の部屋にいて、気が付いたら朝になっていた。
『というわけで、今日はお休みします』
『そう言うと思ったから迎えに来たよ』
『マジですか。部屋の窓から見える赤い物体Aは赤司クンですか。冗談はその頭だけにしてくださいよ』
『40秒で支度しな』
ラピュタ好きなんだね赤司クン、といい終わる前に電話が切られた。通話を終えると同時に携帯に送られてきたメールには、『時間に遅れたら滅びの呪文を唱えます(^^)v』と、とても愉快な文面が顔文字で飾られている。というかやっぱりラピュタ好きなんだな。
既に経過してしまった10秒を嘆くわけにもいかず、大急ぎで荷物を掴み、玄関へ走った。
「遅い」
「バルスだけは…バルスだけはやめてください…!」
「納言の頭はずいぶんメルヘンに侵されているんだね。あんなのただのフィクションだろ」
あんたが言うと本当になりそうで怖いんだよとは口が裂けても言えなかった。
茹だるような暑さが身を焦がしそうな、そんな陽気。ついでに言うなら日曜日。普段ならまだ寝てる時間だよと文句の1つでも垂れ流したいところだったが、相手が相手なだけにそんなわけにもいかず。赤司様の言うがまま自転車をひっぱり出してきてまたがった。
「よいしょ」
「……」
「赤司クン?」
「ああ、俺は自転車で来ていないんだ」
「それは私と二人乗りがしたいということですかマイ・スウィート」
「例え君がこぐ役だとしてもお断りだよ」
このクソ暑い陽気によく自転車になんて乗れるね、と目の前の暴君は笑顔でのたまった。
心外である。お前が自転車出せって言ったんだろ。
「俺は車を待たせているから」
「え、ちょっと。私会場までの行き方分からないんだけど」
「…?道案内はするよ」
「車で?どうやって」
「君が車と同じ速さで走れば問題ないだろ」
「なんたる暴君」
「大丈夫。時速40kmの安全運転だ」
「自転車でその速度は安全じゃありません」
家から見える大通りには、確かに黒塗りの高級車が止まっていた。あれと自転車で競争している自分を思い描いて急いで首を振った。ただの罰ゲームにしか見えない。
日曜の朝から最低最悪な気分で自転車にまたがる私に、イキイキとした笑顔の彼は高らかに宣言した。
「さあ、出発だ」
心外な彼女11
(地獄へですね、分かります)
20130728
≪ ≫
戻る
Top