心外な彼女 | ナノ
#
 13




ツイテない日って人間誰しもある。例えば定期を忘れて駅の改札で愕然とするとか、傘を持ってきてないのに雨が降るとか、鳥の排泄物が頭にクリティカルヒットするとか。
アンラッキーな日があるからこそ、ラッキーな日が殊更輝くわけで、今日もそういう1日のごく自然な摂理の一部。だと思うのだ。


「きせりょと納言がいる!」


こんな立て続けの不幸は初めてですけど。


「清少っち、何ぶっさいくな顔してんの。笑顔笑顔」

「1時間全力で自転車こいで死にそうな顔で?私全く何にも1ミリたりとも面白くないんだけど。何を見て笑えばいいの?お前の顔見て笑えばいいの?」

「笑ってもぶっさいくなんだからせめて俺に迷惑かけないで欲しいっす」

「涼ちゃんが不幸な目にあったら全力で笑える気がする。腹抱えて笑える気がする」

「ああ、もう、写メ撮られてるんだから角度決めなきゃ」

「どこぞのギャルか」


突っ込みをする体力すら温存したいくらいに疲弊した身体を引きずり、黄色い頭の隣をひたすら無表情で歩いた。彼を見上げるといつも以上のシャララ度合いに後光が差している錯覚に陥り、思わず手で目を覆った。日差しを浴びたときのドラキュラの気持ちが今なら分かる。
魔王に虐げられた1時間、ひたすら息継ぎも忘れて自転車と格闘したのが遠い昔のようだ。やっと解放されたと目の前にゴールの文字が見えた途端、どこぞの自称中学生モデル(笑)に大声で名前を呼ばれた。別に名前を呼ばれるのが嫌いなわけではない。もちろん自分の名前が嫌いなわけでも。
問題はその行為の目的だ。


「涼ちゃん私も巻き添えにしようとしてるよね。遅刻した言い訳がファンの子に掴まってたからとか許されないから私のせいにしようとしてるよね」

「俺、清少っちの空気読めるところ嫌いじゃないっす」

「私はお前が嫌いだよ」

「とにかく切り抜ける方法を考えよう」

「う、生まれる〜って言いながら走り抜ける」

「採用」

「冗談キツイわ」

「大丈夫。認知はするっす」

「涼ちゃん……黒子くんの前で同じこと言える?」

「ごめんなさい」


見渡す限り女子中高生の群れ群れ群れ。
一体会場のどこにこんな大群が紛れ込んでいたのだろうという量の人の多さに頭を抱えた。そうだ、今日は帝光の公式試合と最初から分かっていたのであった。それなら当然モデルのファンが紛れ込んでいてもおかしくはない。大会開催者は思った以上の女子率から発生するトイレの長蛇の列に悩めばいい。そして次回から女子の立ち入りを禁止すればいい。


「あの2人が付き合ってるって本当だったんだー」


聞き捨てならない一言に、涼ちゃんと顔を見合わせた。冗談キツイっすと鼻で笑ったモデルの腹にエルボーを1発お見舞いする。こっちの台詞である。

その時、コン、という音とともに、頭に少しの衝撃が走った。


「いた、」


まさかと思って後ろを振り返る。女子の群れがニコニコしながらこっちを見ている中で、まあそりゃそうだろうなとやけに冷静になる自分がいた。
モデル・きせりょのファンであれば、この状況が面白いはずがない。


「っていうかさ」


群れの中の見えない位置にいる女子の1人が声を張り上げた。


「きせりょと釣り合うとか思ってるのかよ」


1人が不満を口にすると、良い子ちゃんを気取っていた女子の皆さんが同調するように口角を上げた。天使から悪魔へ変化するファンの行動を、きせりょ本人はまるで能面のような顔で眺めている。さっきまでの笑顔の角度にこだわっていたギャルもどきはそこにはいなかった。
余談だが、キセキの世代には怒りを顕にするのが上手な方が2名いる。1人は言わずもがな青峰大輝。単細胞の才能を生かしてサルでも分かる単純明快な怒り方をしてくださる。もう1人は、何を隠そう黄瀬涼太。この能面顔が怒ってるときのアピールポイントだ。


「学校が同じだからっていい気になるなよ」

「試合まで見に来るとかストーカーかよ」

「黄瀬くんも困ってるじゃん」


罵倒の数々に血の気が引いた。別に中傷なんて痛くもかゆくもない。しかし場所と隣にいる人間がまずかった。更に能面顔に磨きをかけたモデル様の目は死んだ魚のような鈍い光を見せながら、女子の大群をゆっくりと見渡した。
自分たちの仕事柄、世間の皆さんの期待を裏切ることは万死に値する。しかし、私たちは馬鹿をこじらせた中学2年生。感情のコントロールなんて高度な技術、持ち合わせてはいなかった。


「涼ちゃん、怒っちゃだめだよ」

「分かってるっす」

「その手に持ってるバスケットボールをどうするつもり」

「何心配してるんすか清少っち!」


俺だって分別くらい弁えてるよお前と違うんだから、なんて心外な台詞が聞こえてきそうなムカつく笑みを見せた彼は徐にボールを掴んだ手を振りかぶった。


「何してんの?」

「投げるんすよ、ボールだもん」

「どこに?!」

「どこがいい?」


指差した先には頬を赤らめ恍惚とした表情で黄色いのを見つめるファンの方々。


「いやいやお前何言ってんの」

「ただのドッヂボールじゃないすか」

「ただのドッヂボールする人の気合の入れ方じゃないよね?!指と首鳴らすのやめてください!」

「まあまあ。清少っちは高みの見物でもしててよ」

「ここで高みの見物なんてしたら私が命令したみたいじゃん!」

「俺は構わないっすよ」

「私が構うよ」


争いながらもボールという名の凶器を自分のファンの顔面にぶち込もうとするモデルを必死の思いで押さえつけた。諦めの悪い馬鹿のせいで、その奮闘は数分間に及んだが、何せこれは大事な大事なファンの皆様の、可愛らしいお顔を守るため。褒められこそすれ、貶される理由はない。


「何人前でいちゃついてんだよ!」

「見せつけてんなよ超ムカつく」

「帰れよブス!」


「アンビリーバブル」

「もう、何やってんの清少っち」

「いや、あんたにだけは言われたくないんだけど」

「本当ですよ、何やってんですか君たちは」


聞こえちゃいけない幻聴に体中の体温が下がるのを感じた。


「…く、黒子っち?みんなまで…」

「浮気の現場撮っちゃった〜」

「おい、その写メ学校で公開しようぜ」

「いい加減にするのだよお前ら。学校じゃ生ぬるいネットに上げろ」

「それで、納言はいつから二股をかけているのかな?」


楽しそうな顔で高みの見物を決め込み、ましてやファンの皆さん以上に質の悪い振る舞いを見せる彼らに、かける言葉は1つしか見当たらなかった。


「帰れ」









心外な彼女13

(敵は味方にありってこの事か)












20130812




 
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