きっと地球の裏側みたいに遠い
電車を待つ時に目の前にある広告
コンビニにある雑誌コーナー
スクランブル交差点の斜め上に立つ巨大看板
至るところに彼はいる。
「きも」
「それはあの看板を見て言ってるんスか」
「看板に写ってるモデルに対して言ってるんだよ」
「あんたの隣を歩いてる人は?」
「黄瀬涼太」
「あの看板に写ってるモデルは?」
「キモイ」
「泣くぞ」
仕事を完全否定された現役男子高校生モデル、黄瀬涼太は既に涙目の目を潤ませながら下を向いた。
これは完全に機嫌を損ねてしまったなぁ、とまるでテレビの中の出来事のようにうわの空で考えていた私に、もう1人の私が呟いた。
″でも、そのしわ寄せは自分に来るんだよ?″
そうだったそうだった。彼のへそ曲がりモードは存外長いのだった。気乗りはしないが機嫌を損ねると明日の私が苦労する。明日やろうは馬鹿野郎、そう呟いてから、にっこり笑って隣の黄色いのを見上げた。
「大丈夫だよ、青峰君もキモイって言ってたから」
「何が大丈夫なんスか」
「モデルの黄瀬君はキモイけど…えと、うん、自信を持って!」
「何に対して?!」
1日に数度どころではない。何十回と目にするモデル・黄瀬涼太の顔は、いつも澄ましていてどこか冷たそうだ。そんなクールなところが堪らないとクラスのみんなは言うけれど、それってなんだか作り物みたいだと私は思った。
授業中にあてられて間違えたとき、廊下で野球ごっこしてて先生にどやされた時、バスケでシュートが入ったとき。彼の表情は色を散りばめたパレットのように輝いてキラキラする。そっちの方が私は自然だと思うのだ。むしろ、生きているというかエネルギーを感じるというか。でもあの黄瀬君は…
見上げたビルの壁にはこれまた特大のポスターが黄色く染まっていた。どこか味気なくて、つまらない黄色に。
「黄瀬君死んでるみたい」
「生きてるよ?めちゃくちゃ生きてるよ!?」
「いつか死ぬのかな」
「死なねーよ」
「私とっても心配」
「俺はお前の頭が心配」
「ヒマワリが枯れるときって茶色くなって萎れるじゃない?」
「…?そうスね」
「私は今それを見ている気分」
「ごめん全然わかんない」
黄瀬君の瞼が半分閉じて、口からは溜息が漏れた。
私の隣にいるとき、彼はよくこういう顔をする。雑誌の中では、カメラマンの前では決してしない、そんな表情の1つ。やっぱりこっちの方が素敵だと、私は思うのだ。
「黄瀬君」
「何スか」
「ずっとその顔でいてね」
「ずっとあんたに呆れてろって意味スか」
「黄瀬君のその顔が一番好き」
「うわ、悪趣味…」
「うふ」
「ほんと、お前わかんねー!」
叫んで黄色い頭を抱えた彼を尻目に、もう一度ポスターの彼を見上げた。
きっといつか私にもこういう顔しかしなくなる日が来るのだろう。澄まして、冷たくて、味気ない。彼はいつか遠くなる。私の手に届かない人になる。覚悟しているつもりでいるけど。想像したら鼻の先がツンとしたので下を向いた。
たぶんそれは、
きっと地球の裏側みたいにとおい
20130803
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