空を飛ぶには君が必要






バサ、

腹にかけてあるだけだった毛布をはいで電気のスイッチに手を伸ばす。ベッドの脇に置いてあった時計を確認すると午前4時を指していた。こんな時間に起きてしまったのはこの異常気象としか言いようがない暑さのせいでも、寝苦しかったせいでも何でもない。ピリリリリ、と五月蠅いほどに鳴り響く携帯を手に画面を見つめた。「小野」と表示された名前の下にはいつだったか奴が勝手に自撮りしたぶっさいくなキメ顔が写ってた。


「…は、」

「やほーうたぁーかおー?」


コンマ数秒で被せるように吐き出されたハイテンションが寝起きでローテンションな頭にズガンと響いた。五月蠅い、なんてものじゃない。これは公害だ。訴えたら金がとれる。


「元気?」

「うん」

「こっちは夜の8時だよ」

「ああそう、こっちは朝の4時だよ」

「高尾早起きだね」

「起こされたんだよお前の電話で」

「寝起きに私の声が聞けるなんてほんとラッキー」

「お前のそのポジティブどこから湧いてくんの?」


吐いて捨てた言葉に、彼女は、ふふふ、と声を漏らす。笑いどころが分からなくて暫し閉口してしまった。
高尾のその私にだけ容赦ないところが素敵、なんて言われちゃあ、返す言葉もないというもので。お巡りさん、こいつ変態です。


「用件」

「ん?」

「なんの用で国際電話なんてかけてきたんだよ」

「……貴方の声が聞きたくて」

「切っていい?」

「ごめんごめん」


巷じゃハイスペックだの歩くコミュ力だの言われている俺でも、やっぱり肩の力抜いて話せる相手って必要で。それがこいつというのがいささか癪だけど、これだけズケズケ物を言っても気にならないというのはある意味才能、もしかしたら運命なのかもしれないとすら思ってる。いや、色恋とかそういうのではなくて。むしろこいつと俺だなんて気持ち悪くて想像すら拒否するレベルなんだけど。


「高尾元気?」

「お前さっきもそれ聞いてなかった?」

「いや、なんか声がかすれててしんどそうだから」

「明け方4時に電話に出たら声だってかすれるし、しんどくもなるよね」

「おのれ…時差め…!」

「時差が悪いんじゃなくて、時差を考慮して電話して来ないお前が悪いんだよ」

「ロマンチックだね。距離は時間さえも超えてしまうんだよ」

「話をそらすな」


1年なんて長いようで案外あっという間だった。
彼女が親の都合で海外に引っ越したのはちょうど去年の夏ごろ。その頃は近くに身よりもないし、どうせ転校するなら海外へ、という親の意見を尊重して旅立った彼女だったが、半年ももたずに音をあげた。そしてこの夏見事に日本へ帰国する権利を勝ち得たらしい。


「何がそんなに我慢できなかったんだか」

「高尾には分からないよ」

「まあ、俺は海外に行ったことないしなー。しっかし俺ら、もしかして1年ぶりに電話してる?」

「チャットとかはしてたけどねー。電話はこっち来て初めてかも」

「そんな帰る直前に電話してこなくても…帰ってきたら会えるじゃん」

「まぁ、そうなんだけど」

「なんかあったの?」

「何にもないよ。高尾の方こそ今日は優しすぎじゃない?なんかあったの?」

「俺はいつでも優しいよ」

「私以外にはね」


そう言ってカラカラ笑った。
1年前と変わらない笑い方。1年前と変わらないあっけらかんとした性格。だけど彼女が何かを隠している事なんて明白で。
俺相手に隠し事なんて上等じゃん、と探りを入れようとしたその時だった。


「何もない、は嘘か」


彼女が唐突にそう呟いた。


「本当はね、帰るのがちょっと怖くなっちゃったの」

「…なんで」

「みんなに会えるのは嬉しいし、みんなに会いたくなるから電話だってこの1年間誰にもしなかった。でも、同じくらい、変わっていくみんなを見るのが嫌で、連絡しなかったの」

「……」

「1年って短いようで長いね」

「…ああ」

「私の帰る場所、あるのかな」


ぽつりとなんでもないことのように呟いた彼女の声は、微かに震えていた。
言いたいことならたくさんある。反論したいことだって積もり積もるほど。でも、みんなお前に会いたがってるに決まってるじゃん、なんてそんなその場しのぎの台詞で安心するような奴じゃないことは、俺が誰より知っている。


「お前帰ってきたくないの?」

「、帰りたいよ!」

「じゃあ帰ってくればいいじゃん」

「高尾さん私の話聞いてた?もしかして話の途中でうっかりうたた寝しちゃったの?怒らないから言ってみなさい」

「ああ、ほんと睡眠薬並みに眠気を誘うくだらない話だったな」

「おい」

「お前何が不満なの?」

「だから、」


「俺が待ってるのに何が不満なの?」



息をのむように言葉を失った彼女は、たっぷり5秒押し黙った後に声を詰まらせながら返事した。


「、待ってて…急いで帰る!」


空は快晴、一週間雨の予報もなし、加えてお前が大好きなうだるような暑い夏!

文句なんてつけようがないだろ?





空を飛ぶにはが必要
















20130727
Thank you for 愛人


 


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