お怪我をなさったと聞いて
息を切らして門を叩いた女は柱に寄りかかったまま咳き込んだ。言いよどんだ俺に何かを察知したらしく、彼に会わせてくださいとせがんでいる。柱に向かって。予想していなかったわけではないが、こんなに早く彼女の耳に届くとは思っても見なかったので少々面食らってしまった。彼女はさらに懇願するようにしがみついて今にも泣き出しそうな声を震わせた。柱に向かって。ここまでされて通さないわけには行かない。俺も鬼ではないので女の涙にはめっぽう弱いのだ。ありがとうございますと柱に微笑む女にどうでも良いけど先ほどから貴女が俺だと思って話しかけてんの柱ですよ、どうでもいいんですけどねと一応報告したら慌てふためいて謝り倒された。柱に向かって。
「よくここまで1人で来れましたね」
「無我夢中だったもので」
ボロボロの草履と泥だらけの着物の裾を見ればそれが容易ではなかったことなど誰にでも想像できた。きっと何度も転んで、水溜まりに足を濡らして、それでも愛しい男のために痛む身体を引きずってきたのだ。
彼女の手を取りなるべく段差や障害物のない廊下を選んで、彼こと沖田隊長の部屋までお連れした。襖を開けばそこは薬品の臭いが充満し、その中心には部屋の主が半身を白い布で巻かれて横たわっていた。苦痛で歪んでいた隊長の表情は彼女の顔を見るなり別の意味で歪んだ。
「山崎、テメェは俺の話聞いてなかったようだねィ」
「いえ、」
分かっていたんですけど、と口ごもればじゃあなんで連れてきたんだとでも言いたげに睨まれた。
「あの、総悟さん、怪我酷いの…?」
「んなわけねーだろ」
「でも、」
「逆だ、逆。大した怪我でもねぇのに騒がれんのが嫌だって言ってんでィ」
「……」
嘘だ。三日三晩生死をさ迷って峠を越えてもまだ安心できる状態ではないと言うのに。そんな起きあがれもしない身体でも見栄を張りたい理由は、ひとえに彼女を不安にさせたくないからだろう。どこまでも意地らしい人だ。
「……――すか、」
「え?」
「なん、で嘘つくんですか!バカァ!」
平生聞かない罵倒の言葉を口にしながら凄んだ彼女は見えてるのかとでも聞きたくなるほど正確に隊長の頭を叩いた。目が見えない代わりに直感が驚くほど鋭いらしい。いやこんな下手な嘘だったら気づかないことの方が難しいかもしれないが。尚もバカ、アホ、ドS、イケメンなどの罵り(?)を繰り返して既に傷だらけの身体にパンチを打ち込む姿はさながら痴話喧嘩中のカップルである。まさかこんな重症患者に本気のパンチを打ち込んでいるわけもないので微笑ましく眺めていたところ隊長が白目をむいて動かなくなった。そうだった、彼女はどこが急所かも見えてないんだった。
盲目な愛
(愛が痛い)
20110912(愛が痛い)