私が好きになった奴は歌うように嘘をつく男だった。そんな男最低だ、何様なんだやめてしまえ、と私の友人たちは口をそろえて忠告してきたけれど、なんたらは盲目というように私の目には既に彼しか映らなくなっていた。誤解しないでほしい。私は駄目男が好きなわけでもマダオが好きなわけでもない。マゾヒストでもなければ尽くす私カワイイなどと自己満に浸る人間でもない。仕方がないのだ。どんな男に会おうとも口説かれようとも、この身体の細胞すべてが彼を欲してやまないのだから。
心地よい風と照りつけの激しい太陽の下、私は地べたに寝転がり自分の男運のなさを嘆いた。遠くで響く鐘の音は3限の授業が滞りなく終わったことを知らせてくれる。さわさわとなびく風とともに、ギィッと立て付けの悪い屋上のドアを開く音がした。奴にしては珍しい。この曜日のこの時間にはここにいないとふんで私は安全地帯へと逃げてきたのに。歩き方と香る煙草の匂いで誰だか特定できてしまうあたりがなんとも私を情けない気持ちにさせた。
「よう、サボリ魔」
「…高杉」
「こんなクソ暑い中よく昼寝なんかできるな」
「風が吹いてるから今日は涼しい方だよ。それより珍しいじゃん。授業出たの?」
「出てねーよ」
「え?じゃああんた何しに学校きたの」
「……保健室」
「なにそれ。寝るなら家で寝れば、」
保健室と高杉。このなんともエロティックな並列関係に瞬間的に頭をよぎった予想。きっと外れてない。いやそれ以外考えられなかった。だから嫌なのだ、こいつに会うのは。上がった気持ちを容赦なく地面にたたき落とされる気分は何度味わってもいいものではない。
「女と一緒だったんでしょ」
「…寝てただけだ」
「香水臭さを煙草で消す癖やめなよ。余計臭い」
鼻をつまめば高杉が顔をしかめて煙草の煙をはいた。…図星かよ
「あんた学校に何しに来てんのよ。学校はラブホじゃないんだけど」
「俺の勝手だろ」
「私もう二度と保健室のベッドで寝ないわ」
「フン、良い心がけだな」
「あんたは少し反省しなさい」
ぽたりと落ちた汗を拭った。風は吹けども暑いものは暑い。少し動いた建物の陰を追って日陰へと寝床を変えれば、当然のようについてくる影が1つ。
「……」
「…あんだよ」
「べつに。ただ今日の高杉、なんからしくないと思って」
「あ?」
「あんた群れるの嫌いじゃん」
私の隣で寝る体勢に入ってるくせに舌打ちをされた。何が彼のお気に召さなかったのかはしらないが、私は至極当然のことを言ったまで。高杉が今まで好んで人間と一緒にいるところなんて見たことがない。女と寝るとき以外は。
「お前は別だよ」
「…なにそれ」
「群れる群れないの関係じゃねぇだろ」
今更女とも思えねぇし
鼻で笑うような言葉に胸がつっかえて、そして少しだけ安心した。突き放して隣を許される安心感に依存し始めたのはいつからだろう。あんたのそういうところがすごく憎らしくてすごく好き。
女として扱われてその他大勢と一緒にされるくらいなら。
「今の関係が一番よね」
言い聞かせるように呟けば、ああ、といういつになく素直な応答が帰ってきた。
嘘でも嬉しい
(なんて、絶対言わないけど)
20110810(なんて、絶対言わないけど)