煩悩に染まる



『ん、あ……あん、』


「……」


『んあ、あ!』



女のあえぎ声がこだまする部屋を凝視する。周囲を見渡して部屋の位置を確かめてから、もう一度件の部屋の襖を見つめた。
……土方さんの部屋…だと?


21時に書類を届けに来い


そうのたもうた我らが副長様は意気揚々と自室に帰られた。とは言っても今日が彼の非番の日であれば、仕事場にいること事態が間違いでもあるのだが。彼のワーカホリックぶりは病気なのではないか。沖田と足して2で割ったらちょうど良………くはないか、素晴らしい変人の出来上がりだ。


……じゃなくて。

書きあげた反省文数枚を手にして立ち尽くす。頭の中がわちゃわちゃして考えが1つにまとまらない。私にとって土方×女とのなんやかんやは未知の領域であり想像したくない、否、想像を絶する範疇の話である。それこそゴリラが近藤さんに進化するくらいのありえなさを有する。あれ?ゴリラが近藤さん?近藤さんがゴリラ?紛らわしいな、ゴリラがゴリラでいいや。



『あ、イエス…イエース!』

「……」


外人かよ。
まじですか土方さん。


ちょうど約束の21時。まだよい子の子ども達すら就寝を拒否する時間だ。ボイン黙れさっきからうるせーよ。こんな時間に廊下にまで響かせて致す行為ではないからね。いや確かに非番の日ですがね、そうなんですがね。でも時間ずらせよちょっとは察せよむしろ聞かせようってか素晴らしいドSぶりだな明日からエロマヨって呼ぶぞ土方エロマヨォオオ!



ガラリ



「なんでィお前か」

「…沖田?」

「こんな時間に土方を夜這いか?趣味わりィ」

「え、いや沖田?」

「あ?」

「お前いくつよ」

「18だバーロー」

「いやいや早いだろ」

「ああん?」



若干機嫌が悪そうな沖田はまあ入れよと自分の部屋でもないのにふんぞり返って入室を促した。



「いや、金髪ボインが…」

「はぁ?……あ、」



何かを察したらしい彼はニマニマしながらある1点を指差す。



「洋物ビデオ。山崎の秘蔵コレクション」


いや知らねぇし。


「土方さんの部屋がなぁ、一番映りがいいんもんで」

「とんだとばっちりだね。土方さんとボインのあはんうふんを想像して葛藤してたのに」

「お前も見れば?」

「ねーよ」



ぴしゃりと閉じようとした襖は逆に沖田の手によってこじ開けられた


グイッ


「、うひ!」

「ほーら、憧れのAVですよー」

「ぎゃあ!やめろ目が腐る」

「強情だねィ。ほら、お前も画面のメス豚みたいに啼いてみな」

「やめろっつーの!なにをどう間違えたら上司と上司の部屋でAV鑑賞になるんだよ」



うがぁ!と必死でもがいてみたものの隊長様の腕の力が緩むことはなく、上司に羽交い締めにされながらAVを鑑賞する部下というなんとも理解しがたい構図ができあがった。



「私土方さんに反省文出しに来たんだけど」

「へーそう」

「ちょっと土方さん召還してよ。今すぐ召還してよ」



一向に緩まない腕と鳴り止まない女の声に眩暈がした。



「本当にそれだけか?」

「は?」

「土方に反省文出しにきただけか」



身体をホールドする腕にいっそうの力を入れて沖田は問うた。声は不機嫌100%。



「他に提出物あったっけ?」

「……知らね」

「じゃあ用事はねーな」

「ふうん」



なんだよ、ふうんって。お前が聞いたんだろ

あいかわらず目の前の画面は休むことなく肌色を映す。山崎さんはこんなんが趣味なのかウケるキショい。



「沖田はさ、こういうのが好みなの」

「べつに」

「見てて面白い?」

「勉強にはなるねィ」

「…頭がいたい」



未成年はにんまり笑った。
誰かこいつを再教育すべきである。




と、その時だった。板が軋む足音とともに、誰かがこの部屋に近づいてくる気配がした。



「おき、た!」

「なんでィ。やっとヤル気になったか」

「違うっつーの!誰かきた」

「そりゃ来るだろ。ここ土方の部屋だし」



書類だしにくる奴なんざごまんといまさァ。

淡々とした口調で現状をのべる奴が理解できない。
私が言いたいのはその副長様の部屋であろうことかAV鑑賞なんかしちゃってる部下が2人もいることについてなんですけど!



「沖田はなせ」

「なんでィ」

「まずいでしょ、誰かに見られたら」

「なにが」

「なにがってそりゃ、」



言いかけた言葉はのどに張り付いて出てこなかった。言葉を紡ぐことのない口は、ただ開閉を続けた。


"サボってたら怒られる"?
サボリ常習犯のこいつと私じゃ今更だし、
"書類の提出期限がすぎてる"?
提出先である本人がいないのが悪いんだし、
"上司の部屋でAV鑑賞なんておかしい"?
いや、沖田は前科あるみたいだから、私が加わったところで別に誰も不思議に思わない、よな?


じゃあなんでこんなに慌ててるんだ私。
"なにが"そんなに"マズい"んだっけ?


相変わらず画面は肌色を移し続け、音声はピンクの声をもらす。
沖田を覗きみれば、あきたとでも言いたげにあくびをしている最中だった。



「、なんでィ」

「……」

「おい?」

「沖田、」

「あ?」

「ちょっと私の名前呼んでみて」



はあ?という心境を顔で表現して、彼は私を掴んでいた手を緩めた。



「なんでィ急に」

「いや、ちょっと…ありえないとは思うんだけどつーかありえて欲しくないんだけど緊急事態というかなんというか」

「別に良いけど褒美よこせよ」

「なにが欲しいの」

「遊園地」

「一般庶民が買える額のものにしてくんないかな」

「ちげーやい、一緒に行くんでィ。俺と

小町で」

「っ、」



急上昇する体温と汗ばむ身体。沖田と密着していた背中が心臓みたいにどくんどくんと脈うった。それと同時に胸につっかえてた謎が消化され溶けていく。いきなりクリアになる視界。
…まじか、そういうことか。



「気が済みましたかィ?」

「……その顔ムカつく」

「顔は真っ赤でさァ、小町」











("一緒にいたら仲を疑われる")

(なんて、昔は思わなかったのになぁ)






20110330


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