「中身よ」 決まってるじゃない、と彼女は自身の肩にかかるその長い髪を右手で払った。あまりにも自信満々なそのご様子に、俺を筆頭とする帝光バスケ部レギュラーは口をあんぐりと開けた。 「あの、俺が質問した内容、理解してるんすか?」 「してるわよ?」 「それでも答えは…」 「ええ、中身よ」 二度言われては納得するほかない。しかし簡単にそうできない理由は彼女は勿論、その相手にも理由がある。未だ困惑の色を隠せない俺たちを目の前に、家康は三度、今度は周囲に言い聞かせるように同じ台詞を口にした。 「私が好きなのは赤司君の中身よ」 「ダウト」 「なんでよ」 「赤司っちの性格が好かれるわけないす」 「失礼ね」 今度は家康が納得いかないという顔をした。 事の始まりは、ホワイトデーの話題からだった。毎年もらっているマネージャーからのチョコのお返しをどうしようかと、赤司っちを除くレギュラーで話し合っていたところ、たまたま同じクラスの家康が通りかかったので声をかけた。女の子が喜ぶ贈り物には、同じ女の子からの意見に従うべきだと考えたからだ。 「お返し?えらいねー。きっとマネージャーさんたちも、みんなが一生懸命考えて渡したものなら喜んでくれるよ」 「そうっすかね」 「お返しは値段じゃなくて気持ちだからね」 にっこり笑った彼女の意見は適確だった。これはいい指南役を見つけたと、みんなで安堵したのもつかの間、彼女はふと周りを見渡して、小さい声で尋ねてきた。 「赤司君は?いないの?」 「うん、今監督に呼ばれてるっす」 「そう」 その間合がなんだか不思議で、会話もないのに何かを伝えてくるようで、思わず口が滑った。 「家康はバレンタイン誰かにあげたんすか?」 「うん」 「誰に?」 「赤司君」 「え?」 「赤司君」 「な、なんで?好きなんすか?ラブなんすか!?どこが好きなんすか!」 そして話は最初に戻るのだ。 「赤司君いいじゃない」 「あの人厨二病っすよ?俺の中にいるもう1人の僕とか演じちゃうんすよ?」 「あいたたた」 「2年後には黒歴史っす」 「間違いない」 鼻で笑った彼女は度量が大きいのか、それとも俺の言うことを話半分に聞いて信じていないのか。それでも赤司っちがいいのだと言う。 「お返しには世界一高いチョコレートくれそうじゃない」 「あんたさっき赤司っちの中身が好きだって言ってなかった?」 「言ったわよ。赤司君の財布の中身が好きだって」 閉口した俺たちを置いて、彼女は淡々と続ける。 「彼、プライド高いからお返しとかちゃんとしそうでしょ?おまけにお金持ちなんて最高じゃない」 「……ゲスい」 「世の中の好きじゃない男にチョコあげる女子の思考なんて、みんな似たり寄ったりよ」 「お返しは値段じゃなくて気持ちだって言ってたじゃん」 「建て前と本音は別物だから」 勉強になったわね? 小首を傾げてにこりと笑った家康に、背筋が凍って身体が震えた。 その時、ガラリと教室の扉が開く音がし、みんながそちらを見る。それに気づいた来訪者は少し驚いた顔をしてから口を開いた。 「ああ、みんな揃ってたか」 「、赤司っち」 「なんだ、徳川も一緒か」 「みんなのホワイトデーの相談に乗ってたの」 「そうか」 さしてなんてことはなさそうに受け答えをする我らが主将。赤司っちは彼女の本性と企みに気づいているのだろうか。中学生の心をもてあそび、あろうことか建前だ本音だと吐き捨てたこの小悪魔の企みに。心なしか先ほどから俺も含めたレギュラー陣の顔色は優れない。同級生の、しかも女の本性を思いがけず垣間見てしまい、ショックが隠せないのだろう。 「ああ、そういえば徳川からバレンタインにチョコをもらったね」 「うん、本命よ」 「はは、」 眉を寄せて笑ってから、彼はそのオッドアイをキラリと光らせた。 「他の人にも同じことを言ってるんだろう?」 「あら、赤司君だけよ」 「そうか」 「疑うなんて失礼だわ」 「それは悪かったね。ちゃんと世界一高いチョコでお返しするから安心して」 見透かしたような表情を崩さず、彼は言う。一瞬唖然とした表情で固まった彼女は、すぐに面白くなさそうに眉を寄せた。 「聞いてたの」 「何の話だい」 詰まんない、とため息をついて、彼女は赤司っちが入ってきたドアに向かって歩き出した。その背中に向かって彼は面白いことを思いついた子どものような顔で、声をかける。 「僕の反応で楽しみたいなら本気で言ってこないと」 「…どうせ、本気で言ったって相手にしてくれないくせに」 振り返らずにそれだけ言うと、ピシャンとドアを閉めて彼女は出ていった。 「可愛いね」 「…赤司っちって性格悪い」 「そうかもね。厨二病で2年後には黒歴史確実だしね」 「ごめんなさい」 彼と彼女の心理戦 20140302(面倒くさい2人) |