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後の祭り






祭りは準備が一番楽しい、とは誰の言葉だったか。
たぶん、私にとってのお祭りは高校生の時だった。毎日が楽しくて、毎日必死で。いつも何かを追いかけていた。まだ人生19年しか生きてない私だけど、はっきりと言える。あんなにキラキラしたかけがえのない時間は、一生の中でもうやっては来ない。


『今日はバレンタイン特集をお送りします』


テレビから流れてきたアナウンサーの高揚した声は、聞いてもいない情報を脳内に叩きつけてくれた。
バレンタイン
そう言えば本気で渡そうとしたのは、今までの人生であの一回だけだった。





後の祭り









「家康ちゃん、チョコ食べる?」

「、高尾ちゃん」

「はい、あーん」


女子を虜にする微笑と、甘い行動。その2つはハイスペックな彼の専売特許だった。ご多分に漏れず、私もその虜なわけで。彼が手にするトリュフチョコを指でつまんで口に入れた。


「ありがと」

「あー、」

「え、え、なに?」

「またあーんしてくれなかった」


そう言うと、彼は拗ねるように眉毛を下げた。だって恥ずかしいよ、というと、その恥ずかしがっているところが見たいんじゃん、だって。本当に息を吐くように甘い言葉が出る。彼の吐息が甘い言葉でできてるんじゃないかなんて、あの頃は本気で思ってたっけ。
高尾がチョコをくれるようになったのは、同じクラスになってすぐのことだった。3年生の最初のクラス自己紹介で、「チョコがこの世の何より大好きです。チョコには目がありません」と意気込んで話したら、どうやらそれが彼のツボにはまったらしい。爆笑したのも束の間、以来週に1回のペースでチョコの餌付けをされている。


「ん、おいしい」

「そりゃよかった」

「こんな美味しいの毎週食べてたら太っちゃいそう」

「家康はもう少し太ってるくらいが可愛いって」

「……本音は?」

「ダイエット頑張れよ!」

「もう!」


彼がもう1つ差し出してきたチョコに、NOの一言を突き出して机に突っ伏した。食べねーの?とにんまり笑ってくる彼の意地悪な笑顔を一睨みして、少し考えてから頭を起こした。


「高尾ちゃんは、何か欲しいものないの?」

「どうしたの、急に」

「だって、私貰ってばっかだから…悪いよ」

「俺があげたくてあげてるんだけど」

「でも…」

「間違えた、"餌付けしたくてしてる"だったな」

「、高尾ちゃんの意地悪…!」


今度こそ本気で机に突っ伏して意地でも動かない私に、彼は笑いを堪えたような声色で、囁いた。


「家康からのチョコが欲しいな」

「え?」

「知ってる?チョコには特別な効果があるんだって」

「知らない。バスケに必要なの?」

「ぶは、」

「ち、ちがうの?」

「違うよ」


俺とお前に必要なの

そう言ってまだ笑い続ける彼を余所に、HRのチャイムは鳴った。

その後の私の慌てようは、言うまでもない。彼の言葉の解釈の仕方に戸惑って、慌てて。周りの友人には冷やかされたりもしたけど、本当に彼の気持ちが私に向いてるのかなんて疑心暗鬼になったりもした。バレンタインも近いんだし、という友人の言葉に唆されるように準備されたチョコレートは、本命と丸わかりの手作りチョコだった。



でも。



「家康、」

「…高尾ちゃん」

「なんで下駄箱に…もう帰るの?」

「、うん、3年生はもともと自由登校でしょ」

「そうだけど……じゃあなんで今日来たの?」

「あ、ちょっと用事が、ね」

「用事って何」


持っていた小さい紙袋を押し込めるように、自分の背中に隠した。
分かってはいたことだけど、バレンタイン当日の元バスケットボール部員達、ましてや1年生からレギュラーとして部に貢献してきた緑間君と高尾ちゃんに向けられる女子の目は、予想をはるかに上回るものだった。今年が在校生にとっても卒業生にとっても最後の機会となるなら、尚更。


「チョコ、誰かに渡したの」

「う、」

「これから渡すの?」


何も答えられずにうつむいた私に、彼はいつもの調子で言う。


「俺にはくれないんだ」


だって、それは


「約束したじゃん。チョコくれるって」


でも、だって


「そりゃ、バレンタインにくれとは言ってないけど。でも、俺家康のこと、」

「た、高尾ちゃんには、いろんな子がくれるじゃん」


呆けた彼の顔を見て、しまったと思った。それが彼にも伝わったのだろう。彼の顔から笑顔が消えた。

朝からドキドキして、いつ渡そう、どうやって渡そう、渡したらなんて言おう、とずっとそればかり考えていた。渡した後、喜んでくれる彼の笑顔を想像しては、胸を締め付ける感情がこみ上げるくらいに。でも、朝から彼を訪ねてひっきりなしに来る女の子たちは、みんな可愛くて、高尾ちゃんのことが大好きなんだとこちらにまで伝わってくるようで。呼び出される彼を見るたびに、あげる可愛い女の子たちを見るたびに、どんどん気後れして、怖くなった。
もしかして、私はとんだ勘違いをしてしまったのではないだろうか。甘いマスクと言葉が専売特許の彼にとって、あれくらいのじゃれ合いはなんてことのない気まぐれだったのではないだろうか。
考え始めたら、舞い上がっていた自分が恥ずかしくて、分不相応に思えて、そして、怖くなった。だって、告白してもし振られたら、そういうつもりじゃなかったと言われたら、

友達でさえいられない。


「私から貰えなくても、いろんな子、くれるでしょ?」

「でも、俺は、」

「欲張っちゃダメ、だよ、高尾ちゃん」


精一杯に笑顔を作って、いつもの調子でおどけて見せた。
一瞬眉を下げて何かを言いたげにした彼は、それでも何かを思い直したように、今度は笑っていった。


「だよな!欲張っちゃダメだよな」

「、そうだよ!高尾ちゃんは〜」

「家康からチョコもらえるとか、何勘違いしてんだろうな」

「あ、はは」

「引き留めてごめん、気を付けて帰れよ」

「う、うん。高尾ちゃんも」

「じゃあ、」

「うん、」


振り返って、下駄箱を後にする彼に、後ろ髪を引かれないと言ったら嘘になる。でも、それでも私は、彼の側を離れたくない。例えそれが、ただの友達としてでも。


「っ、家康!」


名前を呼ばれて振り返る。10メートル先で、高尾ちゃんが、大好きな高尾ちゃんが笑ってた。


「チョコの特別な効果」

「え?」

「それ、俺が毎週お前にチョコやってた理由だから」


それだけ言うと、すぐに踵を返した彼は、振り返らずに走って行った。


その後、無事大学進学が決まった私は、卒業式でしか彼に会わなかった。会ったと言っても、2言3言話したくらいで、なんだか気まずくて、2人話すのをなんとなくためらってしまった。

あれから1年が経った。
1年というのが恐ろしいくらい、私は何にも変わっていない。何にも。彼への気持ちも。

変わっていないのだ。


『バレンタイン特集と言えば、チョコレートですよね〜』


やたらハイテンションな女子アナは、色も形も様々なチョコレートに囲まれて、テンションもうなぎ上りだ。カカオの特徴や、チョコレートの基礎知識などをこれでもかというほどに羅列している。美味しそうなチョコレートには興味はあるが、バレンタインという言葉がまだ胸に刺さる。そろそろチャンネルを変えようかと、ソファに寄りかかったままチャンネルを手にした。


『チョコレートには、特別な効果があるんですよ』


もたれかかっていた背筋が、自然と伸びて画面に見入った。頭に、あの時の彼の言葉がよみがえる。


「知ってる?チョコには特別な効果があるんだって」


テレビの中の女子アナは、くすぐったそうに笑った。


『チョコレートを食べると"恋に落ちる"感覚を味わえるんですって』


「チョコの特別な効果」

「それ、俺が毎週お前にチョコやってた理由だから」



『好きな子にチョコレートを食べさせる人が増えちゃいそうな話ですよね』


突然歪んだテレビの画面、歪んだ女子アナの顔、握ったまま離れないテレビのリモコン。熱い粒が瞳から、溢れてこぼれた。
本当は、あの時一歩踏み出せなかったことを、一言が伝えられなかったことを、ずっと後悔していた。もう一度やり直せるなら、あの頃に戻れるなら。何度も無意味なシュミレーションだってした。だって本当は、ずっと、ずっと、


『後悔しない様に、大事な想いを伝えてください』


さっきより真面目な顔で、女子アナが笑った。


「、まだ、間に合うかな……」


ううん、例え間に合わなくても。

携帯を掴んで、タ行を探す。まだまつ毛に乗ってる雫が携帯の画面を歪めた。それを左手で拭ったのと同時に、"高尾"の文字が目に入って心臓が高鳴った。まだ、こんなに好きなのだ。諦めるなんてできるはずがない。
携帯番号を表示させて、着信を押すその瞬間、視界には家族の誰かが食べ残したのであろうチョコレートの包み紙。食べる必要なんてなかったのに、なんで彼には分からなかったんだろう。そう考えたら、無性に笑えて、そのまま着信ボタンを押した。











後の祭りにはまだ早い

(もしもし、あのね)










20140227





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