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ポジティブと教育的指導






「ティキ先輩!3月14日ですね!」

「……」


教室のドアを吹っ飛ばす勢いで入ってきた1年生は、開口一番にいい笑顔でわめいた。


「ホワイトデーですね!!」


その瞳にはいまだかつて見たことがないレベルの輝きと期待が含まれている。闊歩して近づいてきた後輩は、更に顔をグイッと寄せて、耳元にまで迫った。


「バレンタインのお返しの日ですよね!?」

「先生、ちょっとこの1年に教育的指導をしてきてもいいですか」

「許可する」


教科書をパタンと閉じて、我がクラスの神聖なる授業をぶち壊してくれた犯人を教室から引っ張り出した。科学担当のリーバー先生はあきれ顔でこちらを見てくるし、同級生達はここぞとばかりに冷やかしの言葉をかけてくる。
最悪だ。この教室に後々1人で戻ってくる羽目になるなんて。…最悪だ。


「先輩!保健室はまだ早いです。まだ保険医がいる時間帯です」

「いい加減舌引っこ抜くぞ」


ドッと笑いを起こした教室を、恨みに満ちた目で一瞥してから後にした。
……もう俺この教室に戻りたくない。


「どこに行くんですか?人気がないところですか?私に何をするつもりなんですか!?」

「強いて言うならド突き回したい」

「先輩ったら…」

「今のどこに照れる要素があったんだ」

「私は別に…いいんですよ…?」

「そう。じゃあ遠慮なく」


両手でがっしりと奴の頬をホールドした。すると奴の頬は赤く染まり、ゆっくりと瞳が閉じられた。
何を考えてんだ、何を。


「ぎゃひん!」

「アホ」

「なんで?今の流れでなんで頭突き!?」

「こっちの台詞だよ。なんで今の流れで目を閉じてんだよこのポジティブ馬鹿。俺は怒ってんだよ。オコなんだよ」

「ハッ!先輩はツンデレさんなのね?ツンデレの国の王子なのね!?」

「底なしのポジティブ馬鹿だな」


そんなに褒めないでくださいよ、と頭をかいた後輩に返す言葉はなかった。勿論ポジティブな意味なんかではない。絶句。そんな言葉が当てはまった。


「お前は何をしにわざわざ授業中に乗り込んできたわけ?人の迷惑を考えろよ」

「迷惑なんですか?だって先輩は私の顔を見るといつも溜息をつくから、幸せの溜息なのかな、って」

「んなわけねぇだろ。ストレスからくる溜息です」

「またまた〜」

「俺、今お前と言葉通じ合ってるのかな」

「心まで通じ合ってますよ。いえ、前世から通じ合ってましたね」

「そんな前世は信じねぇ」

「現世でも、通じ合ってますから」


だってバレンタインのチョコもらってくれたし、とはにかむ女に悪寒が走った。あれは受け取ったんじゃない。強制的に荷物の中にねじこまれていたのだ。素知らぬふりで彼女の鞄に戻しておいたら、自宅の郵便受けにねじこまれていた。尚も彼女の家のポストにねじこみ返しておいたら、真夜中に俺の部屋の窓ガラスをぶち向いて、チョコが飛び込んできた。いつだったかホラー番組で見た、何回捨てても戻ってきてしまう人形の話を思い出して、恐怖に震えたのはつい一か月前の出来事である。おかしい、こんなのバレンタインじゃない、ただの呪いだ。勿論、件のチョコレートは浄化してもらうために近所の寺に奉納した。


「お返しは三倍返しですよね?」

「どんだけ屈強な精神してんだよお前」

「三倍ってことは…先輩の一生かな?」

「俺の一生ってそんなに安いの?値段にしたら3000円もしないんだけど」

「安い男でも、私が幸せにしてあげますよ」


穏やかなアルカイックスマイルを見せた彼女に、思わず拳骨が飛んだ。


「ぎゃん!」

「……」

「なんで?今の流れでなんで拳骨!?」

「むしろなんで怒られると思わないんだよ」


溜息をつくとまたにんまり笑った彼女が、幸せの溜息ですね、と見当違いな返答をほざく。
教育的指導をするつもりが、振り回されてこの様だ。もう何が目的でどんな教育的指導をしようとしていたかも思い出せない。そもそも言葉が通じない相手にするべきは指導じゃない。動物的調教、すなわち身体に叩き込むことだ。そう、飴と鞭。いや、もう鞭だけだ。
一筋の光が見えた俺は、彼女の額に左手を置いて髪をかき上げる。デコピンの形を作り、彼女のおでこへ無言で持っていくと、その手を彼女の両手が包み込んだ。


「何やってんの?」

「手をつなぎたいなら言ってくださいよ」

「明らかにデコピンのサインだよね。手をつなぎたいサインとかじゃないよね。俺とお前の間にそんな深い関係はないよね!?」

「知っていますよ。これから作っていくんですよね、深い関係!」

「ホントもう嫌だこのポジティブ」






ポジティブと教育的指導

(これってデートですよね!)

(教育的指導だ!)










20140305





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