あいうえお | ナノ




コーヒー味の純情






キーンコーンカーンコーン…
お決まりのチャイムが鳴ると同時に、ホームルームが始まる。朝の時間はみんな何故かそわそわしていて落ち着かない。きっと昨日教室で別れてから起こったことを、級友に話すことに夢中なんだろう。はーい、静かにして、と教室に呼びかける。それと同時に、ガラララ、といつにまして勢いよく開く扉の音が声をかき消した。確認するまでもない。いつもチャイムより5分ほど遅れてくるのは彼と相場が決まっている。


「家康、大変さ…!」

「そうね、大変ね。あなたあと1回遅刻したら出席日数足りないわよ」

「学校がバレンタインにチョコを持ち込むのを禁止したんさ!」

「はーい、みなさん聞こえましたか?今ラビ君が言ってくれた通り、2月14日にチョコレートを校内に持ち込むのは禁止です。コムイ先生が自身の発明家人生をかけたチョコ撲滅ロボを製作中です。死にたくなかったら2月14日がバレンタインだということは忘れてください」


ざわざわとどよめき溢れる教室に、一際大きな声が響いた。


「なんでさ!」

「ラビ君、いつまでも入り口に立ってないで着席しなさい」

「なんでさ!」

「先生同じこと言うの嫌いよ?教壇の前に来ないで、自分の机に着席しなさい」

「家康先生!」

「先生の胸元に向かって話しかけない」

「すみません!」


油断も隙もない生徒の行動に、溜息をついて着席を促した。渋々自分の席に向かった少年は、着席してすぐ机に突っ伏して動かなくなった。上等だこの餓鬼。
腹が立ったが、この行動はへそを曲げた彼が構ってほしいときの合図。下手に声をかければ、こちらのリズムを根底から覆す行動を起こすことは目に見えてるので、無視してHRを続けた。
彼が行動を起こしたのはそれから10分後、HR終わりの挨拶をした時だった。教壇から降りて教室の扉に向かう私に走り寄った彼は、いつも上向きの眉をハの字にしていた。


「家康せんせ」

「……何ですか、ラビ君」

「さっきの話って本当なんか?」

「さっきの話?」


バレンタインの、と言われてああ、と相槌を打つ。本当も何も、先ほどのHRの中で再三注意を促したのを聞いていなかったのだろうか。
…聞いていなかったのだろう。


「コムイ先生がリナリーちゃんをバレンタインに参加させないために考えたことだから…意志は固いかも」

「そんな…!」

「まあ、もともと学校に関係ないものを持ち込むことは禁止だし」

「そ、そんな、」


下を向いてワナワナと震えだした少年にギクリとした。バッと顔をあげた彼は今にも泣きそうな顔で、目に涙をたくさん溜めていた。


「先生もチョコ持ってこれ無くなっちゃう…!」

「…元々持ってくるつもりないわよ」

「あ、じゃあ学校終わりにデート?その時にくれんの?」

「元々あなたにあげるつもりがないのよ」

「……」

「無言で泣くのはやめなさい」


自分より15センチも背が高い少年が、傍目を気にせず泣きじゃくる姿はどこからどう見ても子どものそれだった。これが最後なのに、高校最後のチャンスなのに、そう言って少年は涙をハラハラ流す。
いい加減クラスの視線も痛くなってきたので、彼の手を引いて教室を出た。これでは私が泣かしているみたいじゃないか。…いや、私が泣かせたのか。
いまだに泣きじゃくる少年は、私に手を引かれるがままに廊下をのろのろと歩く。その様子に気づいた廊下に居合わせた生徒、教師一同は口をそろえて、またかと呆れたように笑った。そう、私が理由で彼が泣くことは珍しいことではないのだ。初めて会った日から3年間、良く続いたものだと思う。その間1度の過ちも許さなかった自分も。
幸いにして1限目が空きだった私の教室、否、歴史担当教師の準備室に彼を招き入れ、椅子に座らせてホットコーヒーを与えた。これもいつものパターン。3年間ほぼこのローテーションを繰り返した。
それも後1ヶ月で終わる。


「どうして君は私がいいかな。周りに可愛いクラスメートがたくさんいるでしょう」

「俺が先生を好きなのは先生のせいさ」

「なんでよ」

「先生しか見えないんだもん」

「あのね、今伝えられても困るって分かるでしょう」

「じゃあいつ伝えたら、先生は俺のこと好きになってくれんの」

「……」

「くれないんじゃんか」


また俯いてハラハラ涙を落とす彼に溜息をついた。
3年間、猪突猛進に私に体当たりしてきたその一途さは素直に感心する。しかし、その間一度も私の気持ちを見てくれなかったのは君の方だって知ってた?


「どうして君は黙って待ってることができないの」

「こんな手に届くところにいて待ってられるわけがないさ。先生に俺の気持ちは分かんないよ」

「分かってないのは君だよ、ラビ君」


コーヒーを見つめて涙をこぼす彼の頬に手を置いて、少しだけ首を傾ける。柔らかい頬に触れるだけのキスを落とすと、コーヒーのカップが床に落ちた。


「わ、」

「おあ、」

「わー、割れてなくて良かった。大丈夫?火傷してない?」

「……大丈夫じゃ、ない」

「え?どこか怪我した?」

「…、いたい」

「どこが?」

「、……心臓」


分かってるくせに、と真っ赤な顔を更に赤くして彼は俯く。その純情さがあまりに可愛くて、愛しくて、つい口元がにやけた。


「なんで笑うんさ!先生のせいなのに。先生のせいなのに…!」

「秘密」

「なにそれ!?」

「卒業式に教えてあげるよ」


もう少しだけ待ってて。
そう言うと、真っ赤な顔で涙目になった彼は、眉毛をハの字にしたまま、はい、とだけ呟いた。









コーヒー味の純情

(好きだな、って思ったんだよ)










20140226





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