「見合いすることになった」 咥え煙草のまま、モソモソと事実だけを端的に伝えてきた上司の一言が頭に突き刺さった。見合いと言えば、巷では結婚したい人間が開く超アグレッシブな合コンだともっぱらの噂である。そんなところに仕事しか脳のないこのニコチンマヨネーズが馳せ参じる理由が思いつかなくて、至極まっとうな質問をした。 「何しに行くんですか」 「お前話聞いてた?」 「見合いってあれですよね、前に近藤さんがしてた…」 「そう」 「ゴリラに会いに行くんですか?」 それなら動物園でもいいんじゃないですか?と言ったらデコピンされた。何故。 「結婚することにした」 「誰がですか?」 「俺が」 「誰とですか」 「この人」 準備していたかのように出てきた写真には、いかにも育ちのよさそうな、着物のお嬢さんが1人。 「援交はやめた方がいいですよ」 「結婚だっつってんだろ」 「この人いくつですか」 「……20歳」 「私と変わらないじゃないですか!」 「…そうだな」 「土方さんってロリコンだったんですねキモ」 「あのな、これは先方が言い出した見合いでな、」 「何言ってんですか。私に手を出した時点でロリコンですよ」 寝転がっていた布団からゴロリと這い出して、散らばっていた着物を集める。まだ肌寒い夜風が身体を這うように覆い、先ほどまでのぬくもりが一瞬にして消えてしまった。布団が恋しくないと言ったら嘘になるが、戻るわけにもいかない。見当たらないパンツを四つん這いで探していると、土方さんが何かをひらひらと見せつけるように振り回した。私のパンツである。その手から奪い取ろうと身を乗り出すと、からかわれるかのようにヒラリとパンツが舞った。 「土方さん、いい加減にしないと明日からパンツ泥棒って呼びますよ」 「呼べば?」 「沖田さんにも呼ばせますよ」 「いいんじゃねぇの?そしたら俺とお前の関係もバレるわけだし」 クワ、と欠伸をした男を、睨みつけると、にやりとした余裕の表情が返ってきた。 「…パンツを返してください」 「嫌だ」 「いい歳したおっさんが何言ってんですか」 「そうなんだよ。いい歳だから好いた女と籍を入れようとしたら断られた哀れなおっさんなんだよ」 にやけた表情が一瞬真顔に戻って、私を探るように見つめる。 言葉を返せずにいる私に、畳み掛けるように土方さんは口を開いた。 「理由聞いたら仕事に有利な女と結婚してくれだってよ。付き合ってることを公表しないことは百歩譲ってもそれはないとは思わねぇ?」 「……」 「好きだって言われた気がしたけど俺の幻聴だったか?」 「……幻聴だったんじゃないですか」 「バレンタインに真っ赤な顔して手作りの下手くそなチョコ渡してきたのも、妄想だったのか」 「へ、下手くそってなんですか」 「あれから1年しか経ってないのにな」 俺の可愛い家康はどこに行っちまったんだ 独り言のようにつぶやくと、男はゴロリと寝返りをうって、背を向けた。 そんなの、こっちが聞きたい。 遊んでもらえるだけでも、身に余る幸せだと思った。ましてや付き合うなんておこがましくて、夢のようだったのだ。1度手にしてしまった幸せを欲張りだすのは人間として至極当然のこと。だから欲張らない様に、迷惑にだけはならない様に、いつも最低限の予防線をひいて、心にリミッターをかけた。そのくらい、私というちっぽけな人間にこの幸せは過ぎたものだった。 「部屋に戻ります。早くパンツを返してください」 「なんで」 「何でって、」 白みだした朝焼けを目で知らせると、土方さんは目覚まし時計を見て、まだ5時だろ、とまた欠伸をする。 一瞬のすきを狙ってパンツに手をのばすと、その手を強引に引かれて、布団にダイブした。 「、何して」 「…もう1回いい?」 「いいわけねぇだろ」 「大丈夫大丈夫。お前が声出さなきゃバレないから。あ、俺はバレてもいいから声出すか?」 いい加減にしろ、という意味を込めて上に覆いかぶさってくる彼の脇腹をつねったがびくともしない。こちとらそんな気分じゃないというのに、この人は一体何を考えているのだろうか。というか、この人、 「…なんか機嫌よくないですか」 「ん?」 「この会話のどこに機嫌がよくなるポイントがあったんですか。私はすこぶる胸糞悪いんですけど!」 「知りたい?」 「いい加減に、してください…!」 少し涙目になって、渾身の力を込めて胸板をたたいた。分からないのだ、この人には。私が彼にどれほどの情を抱いているのかも、それを諦めるのにどれだけの決心が必要だったのかも。分からないのだ。また緩みだす涙腺が煩わしくて、右手の甲で強くこすった。あれだけ強く心に決めたにも関わらず、彼の一言で簡単に揺れてしまう自分の醜い女の部分が酷く滑稽で、とても惨めだ。 びくともしない身体は、そのまま私を抱きしめ、身動きが出来なくなった。 「な、なにして、」 「だってお前機嫌悪いんだもん」 「だって、土方さんがパンツ…」 「そうじゃないだろ 見合いに嫉妬したんだろ?」 分かりやすい拗ね方すんなよ、可愛くてどうしてやろうかと思った 耳元でささやかれた甘い言葉に、全身の毛をよだつように背筋がのけ反る。耳まで真っ赤であろう顔を見せるのが恥ずかしくて、図星をつかれたことが悔しくて、渾身の力を込めて、土方さんの首にかみついた。 「、っつ……なにすんだよ」 「別に」 「歯形ついてんだけど」 「そうですね。きっと見合いの時まで残るんじゃないですか、それ」 言うが早いか彼の身体をすり抜けて布団から出る。素早く身支度をして、全力で彼の部屋から自分の部屋へ駆け込んだ。 鼓動は早鐘のように早く、顔は活火山のマグマのように沸騰している。 ああ、本当に、もう。 諦める事すら許されない。 20140218(パンツ忘れた……) |