あいうえお | ナノ




あいあいあい







「家康さん、大変です…!」


息せき切って教室に飛び込んできたのは、隣の席のアレン・ウォーカー。その尋常じゃない焦りようから察するに、相当大変な事件が起こったらしい。普段から友達想いの私は、クラスメイトの一大事にいてもたってもいられなくて、震える胸を抑えて尋ねた。


「どうしたのアレン、痴漢にあったの?どこを触られたの?」

「違います、家康さん」

「まさか…下着泥棒…!?」

「違います。僕の話ではないんですよ」

「…ふーん」

「あの、一気に興味失くすのやめてもらえますか」


あと僕男なんで、そうそう痴漢に合わないです、ねぇ聞いてますか?家康さんは何かあらぬ方向に妄想するのが好きみたいですけど、僕にそういう趣味はないんですよ、ねぇ聞いてますか!?

クラスメイトのアレンは可愛い。どこからどう見たってお前1回は男に告白されてるだろう、いやされているに決まってる間違いない、と感じてしまうほどに可愛い。だからだろうか、アレンはこの時期になるとチョコレートの催促をされることがよくある。バレンタインデイ、とかいう西洋から来たお祭りに便乗した女子共からチョコレートをもらえない男子たちが、毎年こぞってアレンからチョコをもらおうとするのだ。それを1つ貰えたとカウントしてしまうそいつらもそいつらだが、ホワイトデイのお返し目当てに毎年チロルチョコをしこたま買い占めているアレンもアレンだと思う。
話はそれたが、そういうわけでアレンは可愛い。可愛いものが大好きな私としては、彼がどんなにドス黒くて計算高い男だと知っていても、最終的に突き放すことはできないのだ。アレンもそれを知っていてか、最近では際限なくあれこれ要求してくるようになった。小悪魔とはこの事か。


「それで、何が大変なの?」

「あ、実はバレンタインの話なんですが」


その6文字で連想されることは1つだけだ。


「もしかして今年もチョコを頼まれた?」

「そうなんです」

「じゃあホワイトデイのお返しももう決まってるんだ?」

「はい、お返しリストもばっちりですよ」

「うわぁ。高いもの強請っておいて、またチロルチョコあげるつもり?」

「まさか」


ハニカミながら笑った少年は掌を広げて見せた。


「今年は5円チョコです」

「ジーザス」


銀座のキャバ嬢もびっくりの商魂のたくましさである。たった5円のチョコのために、ホワイトデイにお小遣いをはたいて貢物を買う男子高校生の姿を思い浮かべて涙腺が緩んだ。青春は甘酸っぱいと聞くが、これではあまりにしょっぱすぎる。


「ちなみに何人くらいに渡すの?」

「50人です」

「ごっ…!?」

「はい。実はその話で相談したいことが…」


上目使いで目をうるうるさせるアレンはどこからどう見ても小悪魔のそれである。こいつは既に銀座のクラブでナンバー1取ってるんじゃないかと疑いたくなる。そのあざとさに、またもやほだされてしまった。


「相談って?」

「先生に怒られちゃったんです」


シュン、と俯いた彼に、うな垂れた耳と尻尾が見えた。末期だ。


「そりゃそうだよ。ホワイトデイに貢がせるなんて少人数だからばれなかったけど、そんな大人数じゃ…」

「先生にも貢がせてくれって」

「うちにまともな教師はいないのか」

「貢がせてくれないんならバレンタインに学校にチョコを持ち込むのは禁止だって」

「しかも一番大人げない…!」

「家康さん、どうしましょう。僕、自分のポテンシャルが怖いです」

「私もだよ」


相談されているのか自慢されているのか分からない状況に、自然と瞼が下がった。
とはいえ、これは相談ではないだろう。何故なら解決方法は簡単なのだから。


「先生にも貢いでもらえばいいじゃない」

「え?」

「え?ダメ?」

「駄目ってわけじゃないんですけど…。教師に貢がせるなんて……家康さんは考え方が擦れてますね」

「そうだね、アレンと友達になるくらいだからね」

「でもなぁ、」


思ったよりもネガティブな反応に面食らってしまった。あのお金の亡者のアレンらしくもない。いつもなら、お金になる物なら何だって、誰だって使う小悪魔なのに。やはり教師ともなると良心の呵責があるのだろうか。


「どうしたの?気が進まないの?」

「ええ、だって大人に貢がせると際限ないじゃないですか」

「お前は一体いくら貢がせる気でいるんだよ」

「ほら、ローンも組めるし」

「何を貢がせる気だ、何を」


いい笑顔で恐ろしいことを言う小悪魔を、止められる人はもしかしたらこの世界にいないんじゃないかと本気で思った。そういえば、アレンがチョコを配りだした年から、やたらと校内のカップルがバレンタイン前に別れると聞いたけど、原因こいつなんじゃないの。だとしたら、私がここで彼の行動に拍車をかけることは、それすなわち校内のカップルをぶち壊すことにつながるんじゃないの。なんてこったい。
そんなことを考えているとは知らない彼は、また小悪魔な笑顔で私に要求するのだ。


「チョコ買いに行くの付き合ってくださいね、家康さん!」

「……うん」




















20140217





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