秋、というのは面白い季節だと思う。春のように美しい花もなければ、夏のような大型連休に心躍らせることもなく、更には冬のクリスマスや正月のように煌めいた行事も見当たらない。あると言えば、例えばこんな、
「学園祭で行うクラスの出し物は白雪姫に決定しました」
詰まらない学校行事ばかり。
クラス委員がてきぱきとまとめる今日の議題は、あと1ヵ月後に差し迫った学園祭のクラスの出し物をどうするか。学校行事に積極的に参加するかと問われれば否を答える俺としては、帰りたいの一言に尽きる退屈な時間だったので、右から左に流して適当に聞いているフリをした。
それが不味かったと知ったのは、HRも終わり部活へ急ごうとした時。先ほどまで白雪姫の配役決めに使われていた黒板が目に入り、思わず隣で着替えていた兎の頭を叩いた。
「…なんだこれ」
「"神田"って書いてあるんさ」
「そうじゃねぇ。なんだこれ」
「黒板さ」
「そうじゃねぇ!
なんで俺の名前が白雪姫のところに書いてあるんだって聞いてんだ…!」
「お前が白雪姫だからっしょ?」
「いや、だから、そうじゃなくって」
やっぱりお前聞いてなかったのね、と面倒くさいことになったという表情で兎は溜息をついた。
「あー、それね。オレが推薦したの」
後ろから響いたアルトの何とも絶妙な高さの声は、振り向かなくても一発でそいつを言い当てることが出来るほどの優れものだ
。そして案の定振り向いたその先には、薄ら笑いとも半笑いとも取れるチャラチャラした奴の顔があった。
「またお前か」
「安心して。王子役はオレだよ」
「今の一言で何を安心すればいいんだよ。不安要素しかねぇよ」
「ユウちゃんには白雪姫みたいなビッチより天使役が似合うと思ったんだけどね。白雪姫に天使って出てこないじゃん?」
「何で人が女役することを大前提にしてんだよお前」
「だってユウちゃんの名前は女の子にもなれるようにユニセックスな名前なんでしょ?」
「ちげぇよ?何当たり前みたいな顔して人の名前の由来こじつけてんの?」
「男だって女だって…オレはユウちゃんが好きだ」
「人の話聞けよ」
自分の目線より数センチ高い相手を睨みつけると、「上目使いも可愛いよ」と微笑まれた。殴りてぇ。
"演劇部のプリンス"
いつからかそう呼ばれるようになった目の前の同級生の性別は女。もう一度言おう。女だ。演劇のしすぎでこうなったのか、はたまた生来生まれ持ってきた才能なのか、こいつは女をタラシ込むのが病的にうまい。整った顔立ちに、スポーツ万能、成績優秀、おまけに高身長と揃えるものすべて揃えてきたこいつに、男は委縮し、女はメロメロだ。
しかしそんなことはどうでもよかった。俺と交わらないような人生を送ってきた男、いや女がどんな華やかな生活を送ろうが興味がなかったし、関わる気もなかった。
こいつが勝手に構ってくるようになったのは予想外だったと言う他ない。
「ぜってー嫌だ」
「何で?白雪姫、似合うと思うよ」
「見知らぬババアからもらったリンゴを喉に詰まらせるトンチキの役なんてやりたくねぇ」
「じゃあ死んだ白雪姫を迎えに来る天使の役……いっそ女神役やらない?」
「それ白雪姫死ぬじゃねぇか」
「その黒くてツヤツヤな髪は絶対に下してね。いや、結んでんのも可愛いんだけどさ、うなじが見えるのもエロいんだけどさ。ユウちゃんなら髪のツヤで天使の輪ができるよ」
「できねェよ」
「あ、でも……」
何か思いつめたような顔をしたまま黙りこくった男、いや女は、そのまま俺の顔を見つめて眉を下げた。
「天使の格好をしたユウちゃんが現れたら、みんな本物の天使と錯覚しちゃうんじゃないかな…?」
「ねぇよ」
隣で笑いをこらえきれなくなった兎が噴出した。後々笑いのネタにされるだろうことを想像して、少し…いやかなり死にたくなった。
「誰にも見せずに独り占めしたいよ、オレだけのプリンセス」
「お前のものになった覚えも女になった覚えもねぇよ」
「言ったでしょ?男だって女だって…オレはユウちゃんが好きだ」
「俺が女になりたいって願望持ってるような言い回しやめてくれない?」
俺の反応に女は首をかしげた。そして困ったような諭すような声色で、俺に一歩歩み寄って顔を近づけた。
「そんなに白雪姫が嫌?」
「お前がイヤ」
「困ったプリンセスだ」
「うわ、鳥肌立った」
「そんなんで、キスシーンはどうするつもり?」
「どうもこうも、……は?」
オレはフリで終わらせる気はないからね、と不敵な笑みを見せたクラスメイトに眩暈がした。世のフィクション物語に登場するお姫様を思い出してもっと眩暈がした。そういえば、白雪姫ってキスシーンの王道中の王道じゃねぇか。
「お、俺はしないぞ」
「大丈夫、優しくするから。先っちょだけだから」
「その言い方やめろ。とにかくしない。しないったらしない」
「でも委員長がキスシーンは本番アリで広告するって張り切ってたよ」
「おいそんなんが委員長でこのクラスは大丈夫か」
「担任も今年はうちのクラスが優勝できるって自信満々だったし」
「止めろよ教育者」
「もしかしてユウちゃん初めて?」
「え、」
途端に奴はにんまりと口角を上げ、瞬時に右手の親指と人差し指で俺の顎をホールドした。
「怯えないで、愛しい人」
「お前の寒さに震えてんだよ」
「オレが手取り腰取り教えるから」
「おい取る場所ちげぇぞ」
「キスシーンの練習は、2人きりで秘密特訓しよう」
「おい、兎助けろ。目を逸らすな、助けろ!」
「愛してるよ、ハニー」
「お前、本当に、うぜぇ!」
OH,My Princess!
20131010
黒狐さまリクエスト
「神田と男の子っぽい夢主甘ギャグ」
男の子っぽいっていうかタラシ野郎ですね
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