朝は苦手だ。身体中の血流が逆流するようなあの感覚は、人間ごときが慣れていいような代物ではなく、きっと慣れる必要もない。故に朝は苦手だ。遠い古代の祖先達も疑問に思ったであろう、人は何故起きねばならないのか。簡単だ、起きる必要などない。つまり、私は朝が苦手だ。


「酷い顔さ」

「知ってるー」

「せめて顔くらい洗って来いよ。女として終わってる…いや始まってもないぞお前」


着の身着のまま起きた瞬間を維持しつつ食堂を訪れた私の脳みそを、同僚の辛辣な言葉が攻撃した。朝、という時間帯に起きたことですら正月並みに目出度いことだと感じるのに、更に顔を洗って来なければ合格点に達しなかったらしい。世の中はなかなかに厳しくできている。ピン子も鬼ばかりと言いたくもなる。

繰り返しになるが私は朝が苦手だ。バルスが使えたら、朝起きという概念を消滅させるくらいの勢いで嫌いだ。
以前、この話を可愛いブラコンの同僚に話したら、それが一番苦手?嘘でしょ?他に苦手なものはないの?と本気で訝しがられた。
簡潔に述べよう。ある。あるに決まってる。しかもつい最近、朝起きと同じくらい苦手なものが増えたばかりである。


「何言ってんですか、ラビ」


降ってわいたかのように会話に切り込んできた切り込み隊長ことアレン・ウォーカーに、自分の表情筋が引きつるのを感じた。
理由は簡単。朝と同じくらい苦手なもの、それがこの同僚Aだからだ。


「なんだよ、アレン」

「おはよう、アレン」

「おはようございます。寝起きの名前さんもとても可愛らしいですよ」

「!?」

「気は確かかアレン」

「どんな名前さんも可憐で可愛らしくて素敵です」

「ぶー!!!」

「うっわ名前何やってんさ!汚い!」

「名前さんを侮辱するのはやめてください。名前さんは妖精さんなんですよ?意地悪すると妖精の国に帰っちゃうんですよ?!」

「どこよそれ」

「きっとアレンの頭のなかに咲き乱れるお花畑さ」


飲んでいたブラックコーヒーが突然甘く感じるような錯覚に陥った。アレン・ウォーカーことフェミニスト大魔神の傍迷惑なコミュニケーションスキルは、時間・場所問わずに対象者(主に身近にいる女性)を攻撃し続ける。女子力の高い周囲の女性陣は、褒め殺しなんて何のその、「ありがとう」なんてにっこり笑顔を向けて嬉しそうにしているのだからおっかなびっくりである。褒められ慣れてない以前に、女性として扱われることがほぼ皆無だった私としては、「可愛い」なんていう如何にも女の子に使いそうな言葉を向けられるだけで震えが止まらない。


「ラビ、どうしよう……私アレンが操る言葉の意味が分からないんだけど。これがジェネラーションキャップ…」

「ジェネレーションギャップな。…つーかアレン、お前はこいつに夢見すぎさ。こいつだって普通の女だぞ?ちょっと暴力的で口より先に手が出ちゃうのが珠に傷な、普通のキングコン…女だぞ」

「今キングコングって言わなかった?キングコングって言ったよねぇ!」

「何言ってんですか、名前さんは天使ですよ!天使はトイレもおならもしないんだ!」

「この子どんだけ無茶言うの?!」

「おい名前お前今すぐここで屁をかませ!アレンの妄想を吹き飛ばすくらい特大の屁さ!」

「お前もどんだけ無茶言うの?!」


周囲のざわめきが嫌でも耳に入って痛い。教団の若きホープたちがこぞって屁だのおならだの連発しているのだから無理もない。加えて黙っていれば白馬に乗った王子様と言えなくもないこいつらの顔が事を助長させている。斜め後ろに座っていた女性ファインダーのグループが私を指差しながらヒソヒソと話しているのはきっと気のせいだ。気のせいだと誰か言ってくれ。


「名前さん」

「なに」

「僕はどんな名前さんでも好きですよ」

「はいはいそれはどうも」

「分かってませんね」

「分かってるよ。どんな私でも好きなんでしょ?」

「だったら僕とお付き合いしてくれます?」

「…デートはAKUMA退治かしら?」

「名前さん」

「なによ」


眉間に皺を寄せたアレンの瞳が私を見つめる。分かってる。でも分からない。だって分かりたくない。


「名前さんが好きです」

「……」

「好きなんです」

「それ、他の子に言った方が喜ばれるよ」

「名前さんが好きって?」

「んなわけあるか」

「こんなこと言うの、名前さんにだけですよ」


見透かしたように笑った目の前の男の子が憎らしくて、でもいつだって憎めない。
女々しく思考する自分の脳みそにもほとほと嫌気がさして仕方ない。この子といると、自分が一番なりたくない人間になってしまいそうで嫌なのだ。


「名前さん、」

「……」

「僕のエンジェル」

「その呼び方はやめて」

「子猫ちゃん」

「うわああああああ」

「雄たけび上げるほど嬉しかったんですか?」

「鳥肌立つほど気持ち悪かったんだよ!」


ゴミ箱に収まった生ごみでも見るかのような目つきのラビが頬杖をつきながら瞬きをした。








なんとかはも食わない






20130923
マリ様リクエスト
「ヒロインの事が大好きなアレン アレン片思い」
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