「遅い!」
彼女はぶっきらぼうに言ってのけた。藪から棒な言葉にあっけに取られて、言うべき言葉が見つからない。バカみたいに唖然としている僕を、怒り心頭という顔で太子は僕を睨みつけた。
「いま何時だと思ってんの?」
「えと、何時だろ…?」
「遅いでしょ!」
「ええ?」
「まったくアレンと来たらいつもいつも……」
「お言葉ですがいつも待ち合わせに遅刻するのもドタキャンするのも君でしたよね」
「時間にうるさい奴って度量が狭いよね」
「……」
彼女が僕より先にこの場所に来ているなんて思いもしなかった。いつも遅刻してくる彼女のことだ、かなりの遅刻、はたまたドタキャンという事態は容易に考えられた。
…なにもこんな時だけ早く来る必要などないのに。
「ノアとの戦闘で時間食うかと思ったんだけどさ、案外早くケリがついたのよ」
「それって、」
「うん、ちゃんと倒してきたから心配ないよ」
今頃リナリー泣いてるかなぁ
ポツリと呟いて困ったように笑った彼女に、なにも言い返せなかった。答えは歴然としている。
「……変なところで格好つけようとするからですよ」
「なにおー?」
「たまには逃げてもらわなきゃ困るときだってあるのに、君ときたら」
「うん、今回はちょっと失敗しちゃった」
参ったねとまったく参っていない表情で笑う。どうして君はいつもそうなんだ。こっちの心配なんて素知らぬ振りで、ケロリとした顔で簡単に自分を犠牲にする。君はそれを守る為だというけれど、だったら君を守りたい僕はどうしたらいいんだ。
「あ、」
「え?」
思い出したかのように声を上げたかと思うと、彼女の身体が薄れ始めた。分かっていたことだ、こんなの予想の範囲内だ。そしてきっと僕も。
「…太子」
「……」
「ちょっと、どういうことですか」
「えへ、ごめんねアレン」
「太子!」
「アレンは生きてるよ。死んだのは私だけ」
そういって彼女は困ったように頬を掻いた。縋るように手を握ればそこにはまだ確かに血の通う温もりがあって。
「どうして君はいつもそうやって、」
「アレン」
「なんで、守らせてくれないんだ」
「ごめんね、でも」
守れてよかったぁ
ボロボロと涙をこぼしながらそれでも必死に笑顔を作ろうとする彼女が酷く痛々しくて、見ていられなくて、
閉じ込めるように抱きしめた。
10時28分
(アレンはちゃんと遅刻してくるんだよ)
20120509
夜子さまリクエスト「Dグレのアレンくんお相手で目茶苦茶切ないお話」
お互いが大事すぎて、素直に守られることができなかったお話。