愛が聞こえた




「こんにちはお姫さん」

「あらやだ、こんにちはおじさん」

「そこは王子様って言ってくれよ」

「土方さん王子様って柄じゃないじゃないですか」


よくてヒールですよ、ヒール。
そう言って扇子で口元を隠して笑ったら、土方さんも煙草の煙を吐き出しながら笑った。しかし目は笑っていない。久々に感じた鬼の副長のオーラに笑いを引っ込めてすまし顔をした。


「お前いつの間に上様にお輿入れしたんだ?」

「2ヶ月ほど前に」

「真選組をやめたいなんて言い出したから何かと思ってたら、こういうことかよ」

「だって玉の輿ですよ土方さん。あんな動物園で剣を振り回して終えるなんて、私の小野妹子にも劣らない美貌が可哀想」

「それを言うなら小野小町な。小野妹子は男だぞ」

「土方さんこそこんなところまで何をしに?男子禁制の場とわかっていていらっしゃったんですか?」


御簾越しに聞く副長の声はいつもより遠くて不思議な感じがする。この間までその隣でバカやったり、怒られたり。そういう仲だったはずなのに。ここでは本来ならばこんな風に話すことさえ許されないのだ。


「俺は上様から呼び出されてな」

「ついにクビですか」

「大事に育てた部下にも見放されて何も言わずに嫁がれちまうくらいだしな」

「土方さんどうかされたんですか、主に頭が」

「どうもしてねーよ俺は」

「憎まれ口をたたかない土方さんなんてナメクジより気持ち悪いですよ」

「そうかよ」

「本当にどうしたんですか」

「お前こそどうしたんだ、それ」


指をさされた先をまっすぐ辿れば頬にできた傷をさしていることが分かった。おしろいで隠していてなおかつ御簾越しであるはずなのに、なんという粘着質な視力だろう。そう恐ろしく思っていると、土方さんのため息が耳に響いた。


「楽しいか、大奥」

「はあ、まあ」

「それで?どんな塩梅だ」

「何がですか?」

「上司に内緒での潜入捜査」

「……」

「そんな見るからにマズイなんて顔すんなよ。お前の行動でバレたんじゃねぇ」

「どういう意味ですか」

「将軍様から呼び出された理由」

「まさか」

「そのまさか」


ふう、と吐き出された煙は御簾の中まで入ってきて漂う。

誰にも悟られてはいけない。誰にも口外してはいけない。この任務に必要なのは人数でも力でもない。女だ。

そう最初に仰ったのは他の誰でもない将軍様だった。最初は大奥の潜入捜査、しかも真選組を巻き込まないためにも一旦辞職しなければならないと松平様に言われたとき、辞退することさえ考えた。お国のため、市民のためなんてうわべはそれらしいことを言っていても、私には真選組という家を捨てることは命を捨てることと同義だった。それでも今回の任務を引き受けたのは上様のあの強いお言葉と、真選組には絶対内密という約束があったからで。だってこの人たち、自分たちに秘密で潜入捜査なんて絶対怒るもん。それがわかってたから、ぱぱっと終わらせて早く家に帰るつもりだったのに。それなのに。


「なんで今回のこと言わなかった」

「…上様と松平様から固く口止めされてましたから」

「任務、ほとんど1人でやったんだって?」

「大奥の大掃除ですもん。たいしたことなかったです」

「それで刺客の1人に襲われてその様、と」

「察しがよくて助かります」

「上様が心配してたぞ」

「心配し過ぎなんですよ。こんなの真選組なら日常茶飯事なのに」

「"もしも顔に傷が残るようなら、正式に妻として迎えてもいい"」

「は、」

「お前のことが気に入ったんだと。よかったじゃねぇか、玉の輿」


土方さんの言っている意味がよく分からなくて何も言い返せなかった。分からないのに分かりたくもないのに、顔にはだんだんと熱が溜まり、目の奥がジンジンと疼いていく。


「日本語で大丈夫ですよ」

「日本語だ、分かれよ馬鹿」

「どうしたんですか土方さん、今日は本当におかしいです」

「動物園で剣を振り回すのと、戦と縁のない場所で綺麗な着物きて過ごすの、どっちが幸せかなんてわかりきったことだろ」

「なんでそんなこと言うんですか」

「……」

「、副長」

「…俺はもうお前の副長じゃない」


その言葉に今まで我慢していたものが一気に溢れでそうになって、思わず下を向いて唇をかみしめた。斬りつけられるような感覚は傷が残らないくせに痛くて辛い。うつむく私の頭上から、また副長の声が響く。幸せになれるなら幸せになってほしいんだ、なんて。そんな言葉がほしいわけじゃないこと、貴方は良く知ってるじゃないですか。


「俺じゃ幸せにできないから」


顔を上げると右手で顔を覆ったまま副長が呟いた。声は必死に冷静を保っていてもその右手がすべてを物語っている。ああ、私はなんていうことを。


「……鬼の目にも涙、ですね」

「…るせぇ」

「上様からの伝言ありがとうございます」

「ああ」


何事もなかったかのように煙草にかけられた右手。副長はもう、いつもの副長だった。


「でもお断りします」

「ああ……は?」

「ここは本当に素敵なところです。ご飯は美味しいし綺麗な着物は着放題だし、上様も優しいし。でも、」


もう目の前にあるんです、私の幸せ









愛が聞こえた

(あれれぃ?土方さん、ちゃんと太子を連れて帰って来れたじゃねぇですかィ)
(よかったー!太子ちゃんがいないとずっとイライラしてて手が付けられなかったんだよ副長)
(うるせぇ散れ!)








20120506
和葉さまリクエスト 「真選組を守るため、こっそり幕府から任務を引き受けてたのに土方にバレる」
書いてて思ったんだけど、土方って甘い設定がこの上なく似合わない男ではないでしょうか。というか、デレない。