恋の病というもので。
グランドライン、とはその名前の通り偉大なる航路であり、偉大なる化け物達を魅了して止まない海の王者だ。そのど真ん中にいる俺らには鉄の掟がある。ログポースと航海士は唯一絶対であり、いかなる時にも信じなくてはならない。幸いにも俺らの船は優秀な航海士に恵まれた。それこそいかなる時でも信じられるほどの。
「船長大変です」
「あ?どうした」
「ハリケーンが見えます」
「……?ハリケーンなんてどこにも見えねぇぞ」
「恋のハリケーンであなたにフォーリンラブ」
「ペボ、こいつの頭を殴れ。ああ、思いっきりだ」
ペボに殴られながらも、あーかわいい船長かわいいさすが私のお嫁さん、と戯れ言を吐くこいつはうちの航海士。優秀で、信用するに足る、少々頭がアレなのが玉に瑕な航海士である。
理解できないものを見る目で女を眺めていたペボが、突然弾かれたような声を上げたのは、ちょうど女に2発目の拳固を入れようと腕を振り上げたときだった。
「せんちょ!」
「どうしたペボ」
「ハリケーンだ…!」
「は、」
船を覆っていたモヤが開け、目の前には巨大なトルネードが迫っていた。突然の出来事に慌てふためく船員たちをよそに、女は落ち着いた口調で勝ち誇った。
「だーかーら、言ったじゃないですか。ほら、野郎共!面舵いっぱい!」
「すごい、さすが太子だ。ただの変態じゃないんだね」
「うるせーぞクマ!ちょっと船長に気に入られてるからって調子扱いてんじゃねぇぞクマ!」
「ねぇ船長、もう一回殴ってもいい?」
「好きなだけ」
「ごめんなさい言い過ぎました。皮剥いで毛皮のコートにしてやろうかこのヘボクマ」
「重りつけて海に放り出せ」
「アイアイサー!」
「せんちょー!」
男の集団に女一人、という異様な生活にも関わらず、女は面白いほどうちの船に馴染んだ。俺以外の船員にはかなり厳しいようだが、それも女がこの船になじんだ理由の1つ。主に逆らわないが故の絶対的な忠誠心が、他の船員にも伝わったのだろう。今では船員をまとめる幹部の1人として指揮を執る立場になっていた。
「せんちょー!聞いてくださいよペボが乙女の顔に傷をつけました」
「せんちょ、俺悪くないよ。悪いのはこの変態だ」
「うるせーぞ毛皮!…私の心と身体は深く傷つきました。ロー船長の愛の治療が必要です」
「なぁ」
「はい船長。愛の治療でしたら私の部屋に行きましょう?」
ペボの顔を押さえつけた腕をそのままに、こちらに向き直った女は笑顔で冗談めいた愛を口にした。どうしてお前はいつもそう、
「なんで俺以外に厳しいんだ」
「は?」
「そんなに俺に忠誠誓って、どういうつもりだ?」
「どういうつもりって、」
そう言うと、急にしおらしくなって下を向いてしまった女はショックを隠し切れないという表情で笑った。
訳が分からなくて助けを求めるつもりでペボを見ると、普段うるせぇくらい喋るクマが無表情で四足歩行していた。
「おい、ペボ」
「ボクただのクマなんで」
「ただのクマは喋らねぇよ。いいから助けろ」
「俺の口から解説できるわけないでしょ?!状況考えてよ」
「その状況が分からねぇんだ」
「狼狽えんな」
ヒソヒソ声で行われた非建設的な会話の応酬は、やはり建設的な解決策に至ることはなかった。
何故だ。何故今の質問でこいつはショックを受ける。大体が俺にだけ従順というのがおかしい話なんだ。強要したわけでも脅してるわけでもないのに、こいつは俺のためならどんなことでも、何でもやる。そういう主従関係を求めているわけでも、望んでいるわけでもないというのに。その癖いつも嘯いた愛の言葉まがいの台詞ばかり吐いて、言葉の後ろに裏がありそうなこいつの一言が、俺にはイラついて仕方がないのだ。
悶々とする自問自答の中、彼女が吹っ切れたように口を開いた。
「ま、まぁ、そうですよね。別に期待はしてなかったって言うか、できなかったと言うか。とにかく気にしないでください」
「おい、」
「でも船長のことは本当に尊敬しているし、誓った忠誠は嘘じゃありません、わたし、」
「おい。言いたいことあるならはっきり言え」
「……」
「ちゃんと、聞いてやるから」
いつの間にかフェイドアウトしていたペボはきっとどこかで見ているに違いない。
顔を真っ赤にした女が涙目で俺を見る。
ああ、もしかして、これは。
恋の病というもので。
20130723
ヒカル様リクエスト「ワンピースのトラファルガー・ロー甘夢」
ロー船長初めて書いたんですけど、なんか色々畏れ多かった…!珠呂も原作様大好きです。
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