たとえ話






「昔親に言われたのよねー。"だろう"思考はやめなさいって。時代は"かもしれない"思考よね」

「何を唐突に語り始めてんですか貴女は」


皿を拭きながら唐突に、本当になんの前触れもなく当たり前のように語りだした女にイラっとした。箪笥の角に小指をぶつけて悶えればいいのに。


「"かもしれない"って響きが素敵よね。私は王家の末裔"かもしれない"。いつか玉の輿に乗れる"かもしれない"」

「貴女の頭がお目出度くて素敵ですよ」

「やだ、セバスったら」


褒めていないのにやたら嬉しそうな照れ笑いを見せた女は、私の言葉の真相などまるで意を介さず己の欲望のままに会話を続ける。本当にムカつく女だ。何が王家の末裔。何が玉の輿。ここで使用人をしているのもそういう下心があってのことなのか。知らなかったこの人、ショタコンだったのか。


「随分と地位と名誉に興味がおありのようで」

「ただの例えよ」

「そうだとしても、貴女の頭に初めに浮かんだ例えがその言葉であるならば、それが深層心理の欲望なのでは?」

「…そうかしら」

「そう思いますね。少なくとも私は」

「そうなのかしら」


首をかしげて不思議そうな顔をした女は、しばらくそのままで口をつぐんだ。
お蔭で仕事がはかどりそうだと、皿磨きに本腰を入れようとしたその時、またもや女が邪魔をした。


「そうね!きっとそうだわ!」

「…何がですか」

「深層心理の話よ」

「はあ、そうですか。どうでもいいんですが詰め寄ってこないでください。それから貴女が数秒前までその手に持っていた皿はどこに行ったんですか」

「"かもしれない"思考…やっぱり偉大だわ」

「悦に入ってるところすみませんが、先程の皿が床で粉々で見る影もなくなってるのは気づいてますか」

「自分の気持ちに気づくって大事ね」

「貴女の足元の惨状を知ることも大事ですよ」


溜息をつきながら箒と塵取りを手に取り、これ以上破片が散らばらないよう集めようと中腰になった、その時だった。


「……何やってんですか」

「自分の気持ちを表現してるんですよ」

「ほう、ガラスが散りばめられた危険地帯に中腰で立ってる同僚に後ろからタックルをかますことが?自分の気持ちを表現することだと?どうやら私はだいぶ貴女に嫌われているようだ」


腰に回された熱っぽい手に力が入った瞬間、彼女が私の背中に顔を埋めたのが分かった。こちらの気持ちなんてお構いなしに好き勝手振る舞う女に、普段は寛大な私の堪忍袋も断絶寸前である。平生からこんな奇想天外な行動を他の男にもしているのか、と想像しただけで腹の奥からどす黒いものが這い上がって蔓延した。


「はしたないですよ、離れなさい」

「いいえ、離れません」

「太子、いい加減に、」

「セバス、いいことを教えてあげる。人間は複雑に思考する生き物なのよ」

「それがどうしたんですか」

「口に出す前に思考して、予想するの」

「だからなんですか、さっきから」

「初めに頭に浮かんだ例えを、そのまま口にするなんてリスキーなこと、私だったらしないわ」

「はあ?」

「それから、好いてもない男の背中に抱き着きたいとも思わない」


私だったらね。

笑うように言うと同時に、腰から解かれた腕は私から箒と塵取りを奪っていった。


「さて、問題です。私の頭に初めに浮かんだ例えは何でしょう」









例え話











20130929

殊コト様リクエスト「黒執事のセバスチャン」
約1年半お待たせしまして、本当に申し訳ありませんでした。
そしてリクエストありがとうございました!


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