飴玉





俺には今とてつもない悩みがある。悩みって言っても彼女が出来なくてどうしよう、とか、今夜の夕飯に何食べようとか、じじいがコムイに調合させた育毛剤をコーラに替えたのバレたやべぇとか。そういう自分中心の悩みではない。
そう、他人中心の、他人に巻き込まれる悩みなのだ。
今だってほら、噂をすれば元凶の種というものはやってくる。


「おはようございます、太子さん」

「……」

「あれ?返事がないですねぇ?挨拶は人間の基本なんですよ」

「朝からうるさい白髪だな。この人ラビの知り合い?」

「君の彼氏様ですよ。ああ、もう彼氏じゃなかったんでしたっけ?昨日の喧嘩で別れたことになっていたんでしたっけ?」

「なんか負け犬の遠吠えが聞こえる(笑)」

「いい度胸だ表でろ」

「望むところだフルぼっこにしてやんよ」

「お前らいい加減にするさ」

「だって太子が!」
「だってアレンが!」


ほぼ同時に口をそろえて同じセリフを言ってしまうあたり、こいつらもなんだかんだでお互いの生活圏内をどっぷり侵食していることは火を見るより明らかだ。だって口癖とか話すタイミングって近くにいればいるほど似るもんじゃん。

俺は別に喧嘩が悪いというつもりはない。喧嘩するほど仲がいいって言うし。古から伝わることわざだし?
だからって限度というものがある。


「大体別れた僕が言うのもなんですけどね、昨日の今日でもう男漁りですか」

「はあ?私別れたつもり、」

「さっき廊下で君が最近仲良くしてる雑魚、じゃなかったファインダーの方が今日は君と出かけるんだとこれ見よがしに自慢してきましたよ。最低ですね」

「それは任務、」

「あまりにもドヤ顔が鼻についたんで、君の嫌いなところを10個ほど羅列した紙を渡してあげました。僕って本当に親切ですね」

「おい人の話を聞け腹黒若白髪」

「ああ、その口が悪いところも嫌いなところの1つですよ」


机の上で繰り広げられる毒舌の攻防と、机の下で繰り広げられる足蹴りの戦闘。そのどちらも俺に間接的な被害を与えてくれるからたまったもんじゃない。足蹴りに関しては物理的な被害にもあってる。

溜息をついて自分の部屋にでも帰ろうか、とポケットのカギをさぐった。

カチャ


「ん?」

「ラビ、何か太子を黙らせる道具出してください」

「ドラえもんにすがるのび太君かお前は。ねーよそんなもん」

「そうやってすぐ人に頼るんだから!意気地なし」

「うるさいツルぺったん。あ、ラビそれでいいです貸してください」

「え、ちょ、おま」


言うが早いか俺が先ほどポケットから出した丸い飴のような物体を手にした彼は、止めるのも聞かずに包み紙から取り出したその得体のしれない物体を彼女の口に押し込んだ。
ちょっと待て、それは確か昨日コムイから没収したいわくつきの……


「なに、…っ!」

「あ、」

「君があまりにもうるさいからですよ。少し黙ってください耳障りです」

「……」

「あの、太子大丈夫か?それな、」

「悔しいなら言い返して見たらどうです?」

「…何よアレンのバカ」


あ、なんともねぇ。いらない心配だったか。
コムイから没収したって言ってもコムイの机にあったものを適当に押収してきただけだから、本当にただの飴玉だったのかもしれない。
いやそうだ、そうに決まっている。現にいま目の前で飴玉を丸呑みした太子はぴんぴんしてる。


「こんなに好きなのにどうして分かってくれないの」

「は」

「え?」

「…あれ?いや、ちが、今のは、…!好き、大好き、アレンが世界で一番好き!…ななななにこれぇ!?」

「ちょっと待て落ち着け太子!」

「…わああああ!?」

「お前も落ち着けアレン」

「ラビ!これなに!?…アレンの笑顔が好き、太子って呼ぶ声が好き、敬語で優しく怒ってくれるところが好き…うああああ!?



「だから落ち着けって」

「ああああああ!」

「お前は言葉を喋れアレン」


阿鼻叫喚するその空間はさながら地獄絵図のそれだった。
涙目になりながら自分の口を手でふさぐ彼女は息すら止めているように見える。おい息はしろ。
同じく涙目でただひたすら奇声をあげている彼はホラー映画を見ている3歳児のそれである。おい彼女に対してそれは失礼だろ。


「あ、アレン紙をみろ」

「神を!?」

「どんだけテンパってんだよ、飴が入ってた包み紙さ。そこに何か書いてないのか?」

「ああ、はい」


指摘されて少し落ち着いたのか、おずおずと紙を取り出したアレンはその中身に目を通し、そして破り捨てた。


「うわあああああ!」

「なにしてんさお前!」

「ぐす、ラビ、助け…アレンと別れたくないぃ、まだこんなに好きなのにぃ……きゃああああ!」

「落ち着け泣くな!」

「ぐす、」

「なんでお前まで泣いてんだよアレン」


破り捨てられた紙を拾い集めて途方に暮れる。何が書いてあったんだとアレンを問い詰めても真っ赤な顔で首を横に振りながら泣かれてしまう。太子は太子で自分のキャパを大幅に超える事態に真っ青になりながらシクシク泣き始めてしまった。うわー傍から見れば俺が泣かしてるように見えるさーと思ったらこっちが泣きたくなった。


「何やってんの?」

「こ、むい!」

「え?なに?」

「お前の部屋から昨日飴玉押収したんだけど、アレ何なんさ!」

「飴玉?……ああ」


にやりと笑った変態科学者にギクリとした渦中の2人。大方の事態の予想が出来たのであろうマッドサイエンティストは口を開いた。


「どっちが食べたのかな?」

「…どっちだって良いじゃないですか」

「ああ、そう。太子ちゃんか」

「なんで分かるんさ」

「なんでだろうねー?ねぇ太子ちゃん?」

「……」

「太子ちゃん、なんで喋んないの?」


彼女の反応を楽しむようにひとしきりニコニコ笑っていたコムイは、ふと思いついたようにアレンに標的を変えた。


「そういや君ら別れたんだって?」

「……」

「良かったね、これでお互いの好きな人と付き合えるじゃない」

「…何言ってんですか」

「だってそうでしょ?顔を見れば喧嘩ばかりって、付き合ってるのがおかしいレベルの話じゃない。君たち本当は付き合ってなかったんじゃないの?それか…」


誰かの代わりにしてた、とか。

その言葉にアレンの喉がヒュッと鳴った。今にも掴みかかりそうになるのを必死に抑えるように、目だけで上司を威嚇する少年は、怒りを抑えた笑みを浮かべてポーカーフェイスを気取る。
その息が詰まりそうな沈黙を破ったのは、それまでだんまりを決め込んでいた彼女だった。


「わ、わたしは、アレンと別れるつもり、ない、から……喧嘩しても、すきだも、」


今にも泣きだしそうな真っ赤な顔でそれだけ言うと、うつむいてまた押し黙ってしまった。
なんとなく予想がついていた飴玉の効力が、彼女のこの一言で確信に変わった。嫌味な笑みを見せたマッドサイエンティストに、アレンだけではなくこちらまで眉間にしわを寄せてしまう。悪趣味とはこのことだ。


「……僕だって、ありませんよ」










本音が口に出ちゃう飴玉

(良かった、これで仲直りだね!)

(コムイ、お前本当に悪趣味さ)














20130720
なち様リクエスト「毒舌なアレンと主人公なんですが惚れ薬かなんかで主人公が素直になっちゃって、たじたじするアレンさん」
思ったより長くなってびっくりな話。泣き叫ぶアレンが書きたかったという。