避難訓練
「今日は避難訓練です」
朝からかったるそうにHRをするリーバー先生は、今日の給食はチャーハンだよとでも言うような微妙なテンションであくびを噛み殺しながら伝えた。
私の両隣の赤いのと白いのは興味がないとでも言うように、携帯をいじっている。しかしいつもの悪友の中でただ一人、この行事を心待ちにしていた奴がいた。
神田だ。
「おい、リーバー」
「なんだ神田」
「おやつはいくらまでだ」
「お前避難訓練の意味分かってるか?」
「空襲にあわないように田舎に引っ越すんだろ」
「お前はどこと戦争を始める気だ」
太子かラビにでも教えて貰え。
全てを丸投げした教師は平然とHRを終えた。働け教育者。
「おいラビ」
「なんさー」
「避難訓練ってなんだ?」
「あー、赤ちゃんできないように気を付けることさ。紳士の嗜みな」
「それ避妊だよラビ。紳士どころじゃないよ最低な聞き間違いだよ」
「それを生徒全員でやるのか?とんだクレイジーな学校だな」
「貴方の頭がクレイジーですよ、神田」
いつの間にやら携帯を机に置いた2人は私の机に集まってきた。前の席に座る神田も私の方に椅子を寄せる。
「避難訓練は小学校・中学校でもやったろ?防災頭巾とかかぶってさー」
「ボウサイ頭巾…赤ずきんの隠れキャラか?」
「一度オオカミのお腹まで行ってくればいいんじゃないですか」
「授業中にサイレンが鳴ってみんなで机の下に潜るんだよ」
「かくれんぼか…!」
「隠れてる間に死ぬさ」
「斬新な死に方ですね」
午前中の時間割は1限目国語、2限目体育、3限目数学、4限目物理。いつもの様子から察するに、3限目あたりが訓練時間だろう。
その時、頭に浮かんだ言葉がふと口をついて出た。小学校・中学校あたりでは毎回まるで魔法の呪文のように唱えさせられ、訓練後の校長先生のお話には必ずと言っていいほど登場したあの言葉が。
「そういえば″おかし″って言葉あったよね」
「何言ってんだ?お前」
「神田にだけは言われたくないセリフですね」
「あー、あったなあ。避難訓練の″おかし″な」
「避難訓練の合言葉だよ。訓練中にやってはいけないお約束事の頭文字が″おかし″なの。おさない、かけない、しゃべらない、ってね」
「ほう」
「あーでも、俺の中学校は″おはし″だったさー」
「地域によって違うんですね」
「ああ、″おはし″か。それなら分かる」
避難訓練を知らないお前が?という総意の疑問が頭をよぎったが、ドヤ顔で″おはし″について今まさに語ろうとしている彼にかける言葉が見当たらなかった。まあ、″おかし″の意味を理解した彼の事だから、おおよそ宇宙の彼方に弾き飛ばしてしまった小学校・中学校の記憶を取り戻したんだろう、ということで無理矢理自分を納得させて、今か今かと待ちわびている神田に先を促した。
「俺はお前を、離しはしない、死が二人を分かつまで」
「だいぶ壮大な避難訓練だな」
宇宙の彼方まで斜め上に飛んで行ってしまいそうな答えに顔を覆った。どうしても彼は避難訓練で死亡フラグを立てたいらしい。
どう教えても吸収してくれはしないであろう神田という脳みそスポンジ人間に、教えることを半ば諦めて両隣の赤と白に目をやれば、2人は既に諦めを含んだ慈愛に満ちた目で神田を見ていたのだった。
「避難訓練って大変だな」
「そうだね」
「そうさね」
「そうですね」
避難訓練
20130612
あずさ様リクエスト「アホな神田がいつもの赤白たちに散々馬鹿にされつつもかっこよくキメる」
かっこよく決まって……ないですね。神田にしては頑張ったほうだと思う
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