スキキライ





私の世の中に嫌いなものはない。

「好き嫌いはダメ」
お母さんはそう言った。好き嫌いをする前に、それを好きになる努力をしろ。そう言った。確かにそうだなと、納得してしまった15年前、3歳の私はその言葉を鵜呑みにして好き嫌いをしなかった。そのおかげで大っ嫌いなトマトも食べれるようになったし、お化け屋敷もお化けを恐怖で縮み上がらせるくらい好きになった。
嫌いなものなんて、なかったんだ、本当に。
なのに。

お母さんごめんなさい。太子には嫌いなものができてしまいました。


「というわけで、私は貴方が嫌いです。クロス先生」

「なんだよ愛の告白かよ」

「先生話聞いてました?ちゃんと耳鼻科いって耳の検査してきた方がいいですよ」

「俺もお前が好きだよ」

「間違えた、脳外科ですね!」


挙手制のはずの委員会決めで何故か黒板には書かれていなかった委員会に所属することになった私は、これまた何故か赤毛のペテン師の研究室に呼び出しという名で強制連行された。一緒の部屋に入ることすら憚られたので、普段私がどれほど人間を愛しているか、そしてそれに反比例してどれほど先生を嫌っているかを10分ほど熱弁したところ、ご覧のとおりジャスデビも裸足で逃げ出す噛み合わなさを披露するに至った。


「大体なんですか、″先生のお手伝い委員″って」

「昔あったろ、そんなの」

「ええ、ありましたね。小学生の時限定で。私高校生なんですけど」

「女子高生って響きがエロいよな」

「あんた最低だ」


噛み合えなんて言わない。言葉のキャッチボールなんてしたいとも思わない。むしろこちらから熨斗つけて返してやりたい。
それくらい私はこいつが嫌いで嫌いで仕方ない。


「嫌いなんですよ」

「だから俺も好きだって」

「なんなですか貴方。ポジティブシンキングもほどほどにしてください」

「じゃあなんで俺が嫌いなんだよ」

「…言っていいんですか?1時間じゃ終わりませんよ」

「そんなにあるのかよ」

「まずそのふざけた面が嫌いです」

教室でぷかぷかタバコ吸えるその神経が嫌い、博愛主義だとか言いながら手当り次第女の子とっかえひっかえするところが嫌い、毎日HRに遅れてくるそのルーズさが嫌い、たまにお酒臭いまま平気で学校に来ちゃうところが嫌い、ワイシャツにキスマーク付けたまま授業始めちゃうところが嫌い、得意教科は保健体育ってドヤ顔で言っちゃうところが嫌い、全部嫌い。ぜーんぶぜーんぶ嫌い!

「…分かって、いただけましたか」

「なるほど」


肩で息をしながら目の前の教師を睨みつけたのに、まるで他人の悪口でも聞いているかのような清々しさでにこやかに頷かれた。


「俺以外の人間は好きなんだ?」

「ええ」

「俺だけ、嫌いなんだ?」

「ええ!」

「本当に、俺だけ?」

「そうだって言ってるじゃないですか!」

「ふーん」

「なに」

「いやあ、言ったらまた怒りそうだし」

「怒らせるようなこと言ってるのは貴方でしょう」

「まあ、そうなんだけど」


じゃあ、と一言置いてから男は私に視線を向けて、聞き流してくれていいから、とニヤリ。そのにやけた顔も嫌いだったと今更ながら思い出しながらも、また機会があったら言えばいいと胸の内に仕舞い込んだ。


「お前は嫌いなものはない、みんな好きって言うけど、」

「はい」

「みんな好き、は何も好きじゃないのと一緒だって分かってるか?」

「…は?」

「お前は何も執着してないことを好きだと勘違いしてんだよ」

「そんなわけ、」

「それともう1つ」




「好きの反対は嫌いじゃないから」









スキキライ

(好きも嫌いも執着心だろ?)















20130119
萌さまリクエスト「クロス先生」
キチクロスを求めてできたのはただの気持ち悪いクロスでした。ごめんなさい。誠心誠意込めて言います。ごめんなさい。