レモン味の誘惑
「俺らって大学生だよな」
「はあ?」
大学の講義終わり。正確に言うと3限の講義が終わり、4限は出席を取らないからサボろうという太子の案に乗っかって遊びに行く道の途中、僕の隣を歩いてた赤い18禁男が憔悴しきった顔でそういった。
「どうしたんですか?留年しそうなんですか?勝手にしてくださいね?」
「心配そうな顔で辛辣な言葉吐くよなお前って」
「何言ってんですか、悲しいお知らせに僕の胸は高鳴りまくりですよ」
「何いい笑顔でピースしてんだお前!ってそうじゃなくって!」
途端ハッとした顔で僕らの前を歩く神田と太子に視線をやったラビは、シーっと唇に人差し指を当てて僕を見た。うるさかったのはお前だけだけどな。
この様子からするに、どうやらラビの話というのはこの目の前の2人に関係していることらしい。勝手に盛り上がって挙動不審なラビの脇腹を小突いてさっさと話せと合図した。
「あいつらってさ、大学1年から付き合ってるじゃん?」
「そうですね。もう1年ですか?早いもんですね」
「そうなんだよ、もう1年なんさ」
「なんでそこで君が頭を抱えるんですか」
「俺さ、さっきお前と太子がプリン買いに言ってる時にユウに聞いちまったんだよ」
「何を」
「どこまでいったか」
「また君は…」
「そしたらあいつなんて答えたと思う?」
そこで僕に聞くのかよ、と少し舌打ちをしてみたがどうやら当の本人には聞こえていないらしい。顔を青くして唇を戦慄かせたまま、彼は口を開いた。
「手、つないだんだって」
「…へぇ」
「しかも1週間前に」
「…へぇ」
「俺はどうしたらいいんさ!」
「とりあえず落ち着いて息の根を止めてください」
「だって!アレン!あいつら1年も付き合ってまだ手しかつないでないんだぜ!」
「人にはそれぞれのタイミングってものがあるでしょう」
「俺、心配になって思わず、赤ちゃんってどうやってできるか知ってるか?って聞いちまったさ」
「ベタですね。さすがにそこまで馬鹿じゃないでしょう」
「コウノトリ」
「は?」
「コウノトリが運んでくるって言ったんさ」
「…マジですか」
「アレン、俺あいつと同い年な気がしないんだけど」
「そうですね。ラビと神田の間が世の中の平均でしょうね」
「俺はあいつらのこれからが心配さ」
「…大丈夫でしょ」
仲睦まじげに歩いている前の2人は僕らの様子にまるで気づく様子もなく、談笑を続けている。確かに神田の知識が乏しいのは問題だが、なんといっても彼女があの太子である。現に今、目の前の2人は順調な交際を行っていて、尚且つ不満があるような素振りも見せてはいない。恋人のあれこれに他人が口を出すのは野暮というものである。
ちょうどその時、渦中の人物が僕らを振り返った。聞こえてしまっていたのだろうかとヒヤリとしたのもつかの間、彼女は通り沿いの店を指さして言った。
「薬局寄っていい?」
「お、おお」
「いいですよ。何か買うんですか?」
「リップクリーム買いたいの」
最近唇が荒れて消費が激しいんだよね、と太子は困ったように笑う。黄色い看板のお店に入ってすぐ、お目当ての商品が所狭しと並ぶ壁の前で、彼女は僕らに尋ねた。
「どれがいいと思う?」
「え?決まってないんか?」
「こういうのって毎回使ってるものがあるんじゃないんですか?」
「いっぱいあって迷っちゃうのよ」
そう言うと彼女は、最近人気女優がやたらとCMをしている商品を3種類とって僕らの前に差し出した。
「どれがいいかな?」
「うーん、俺はいちご味さね」
「僕はグレープとかいいと思いますよ」
「神田はどれがいいの?」
「なんで俺に聞くんだよ」
ぶっきらぼうに返す神田に太子は不思議そうに尋ね返す。
「なんでって神田も無関係じゃないでしょう?」
「お前が使うんだろ」
「そうだけど、そうじゃなくて…」
「あ?」
人差し指で赤い唇を指差すと、彼女はにやりと笑った。そして。
「初キスは何味がいい?ってことなんだけど」
時が止まったかのように動かなくなった神田を余所に、彼女は愉快そうにレモン味のリップクリームを手に、颯爽とレジに向かうのだった。
レモン味の誘惑
(ほら、問題ない)
20130103
リオ様リクエスト「アホな神田とツンデレなヒロインの話」
2人が進展しないのは彼女が神田をからかって遊んでるからっていうのもあるんだよって話
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