商人の鏡
「何やってんだよ」
「息してますけど」
「そうじゃなくて、何やってんだよお前」
「ちょっとした商売ですよ。まあ小銭稼ぎに近いですかね」
人差し指と親指で丸を作って笑う女はどう見ても堅気のそれには見えなかった。絶対お前犯罪まがいな商売しかしてないだろというツッコミを入れたい気持ちを抑えて本題に入る。
「これは何だ」
「商売道具です。神田さんも1冊いかがですか?」
「お前このタイトル読んでみろ」
「神田さんついに文字まで読めなくなっちゃったんですか。読めないのは空気だけで十分ですよ」
「良いから読め」
渋々、と言った感じで女は自身が売る本のタイトルを読み上げる。ふてぶてしく、それでいてはっきりと。
「"AKUMAに聞く神田ユウの弱点ベスト10〜これでアナタも神田をイチコロ!?★"ですけど」
「ですけどじゃねーよ」
「ごめんなさい、タイトルが気に入りませんでしたか」
「そこじゃねーよ、お前曲がりなりにもファインダーだろ。何やってんの?何やっちゃってんの?」
「最近情報屋も始めたんです、はじめまして」
「今すぐ全て破棄しろ。今すぐに、だ」
「冗談きついですよ。これ大人気ロングセラー商品になる予定なんですよ」
「なってたまるか」
「道行くAKUMAがみんなこぞって買っていくと噂の人気商品なんですからね」
「……」
「神田さん?」
「俺はお前を信じてたんだよ」
「……」
黙ってこちらを仰ぎ見た太子の表情は、いつもの飄々とした笑顔から真剣な表情に変わる。何を言ってるんですかとでも言いたげな、それでいて何も言わないで欲しいとでも言いたげなその瞳が目に焼き付いて離れない。
「他のファインダーがお前の商売のことを密告してた」
「……」
「誰も信じなかったよ」
「でしょうね」
「お前は教団内で信頼が厚かったから、誰も信じなかったんだ。最初は」
「……」
「昨日お前の処分命令が出た」
「そうですか」
「案外落ち着いてんのな」
「覚悟なしに商売やるほど馬鹿じゃないですよ」
「そうか」
「それで、私はどうすればいいんですか」
「それを俺に言わせんのか」
「どうせ神田さん、自分の尻は自分で拭うとかアホな啖呵切ってここにいらっしゃったんでしょう?」
「……」
「ほんと、馬鹿ですね」
「太子、どうしてお前はこんなこと、」
「愚問ですね。お金のためですよ」
失望しましたか、と女は笑った。まるでそうあってほしいとでも言いたげに。そんなわけないだろうと開いた口は空気を吐き出して閉まる。
知らなかったんだ、お前が妹の手術費用のために追いつめられていたこと。そのために情報屋なんて馬鹿な商売に手を染めていたこと。何も知らずに俺は、
「処分を聞く前に1つ頼みごとがあるんです」
「……」
「厚かましいなんて言われてしまいそうだけれど、きっとこれが最後だから」
最後、という言葉に瞳を揺らして女は笑う。そんな顔するなら、なんて言いかけた口がまた自然と閉まって言葉を放棄した。黙って少しだけ頷く俺に、太子は安心したかのような表情で応える。
「近々第2版を発売予定なんですが、巻頭インタビューいかがですか?」
「お前全く反省してねーだろ」
商人の鏡
(反省?それってお金になります?)
20120721
まな様リクエスト「神田で甘いの」
甘い空気がログアウトしました。一応両片思い設定です。
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