ベガの小爆発




「おはようございます」


目覚めた瞬間に飛び込んできたのは白い彼の笑顔だった。びっくりして声も出せずにいるとさらに強調するように彼は言う。


「おはようございます」

「お、おはよう」


満足したのかにっこり笑って彼はベッドわきの椅子に腰を下ろした。それをポカンと眺めているとアレンは何も言わずにりんごをもの凄い速さでむき始めた。私にはわかる、彼は怒っている。怒りを紛らわせようと、なんだか病人にするみたいな行動だねとにこやかに伝えてみると、病人でしょというとても冷ややかな返事が飛んできた。ブリザード、アレンさん超ブリザード。曖昧な記憶と今の状況から察するに、どうやら私はノアとの闘いで倒れて意識を失っていたようだ。そして彼の様子から察するにだいぶ長く寝てしまっていたらしい。いつもはキチンとアイロンがかかっているシャツがよれよれだ。


「アレン、私どのくらい寝てた?」

「今日で丸3日です」

「その間ずっとアレンが看病しててくれたの?」

「そうですね」

「アレンは怪我してない?」

「してませんよ」


太子がかばってくれたおかげでね
棘のある言い方がチクッと刺さって首までかかってた布団を思わず鼻あたりまで引っ張った。4年間の付き合いで十分すぎるほどわかってる、彼の怒りは限界点を超えてしまったのだ。


「2人とも生きてて何よりだね」

「そうですね」

「生きてたら丸儲けだよね」

「そうですね」

「お昼休みはウキウキウォッチング?」

「そうですね」


まるで壊れた機械のように同じ言葉を繰り返し続けるアレンの手元には、細部までこだわりをもって作られたウサギをかたどったリンゴが1体。それは私が食べてもいい代物なのだろうかと少し真剣に悩み始めたころ、先ほどから同じ言葉しか喋らないサイボーグ・アレンがついに口を開いた。


「結婚しますか」

「どうしたの急に。気でも違えた?」

「僕はいつでも本気ですよ」

「マジか」

「前に太子に太ったとか可愛くないとか言ったのも本心ですよ」

「マジか」

「好きって言ったのもね」

「マジか」

「それ以外の反応はないんですか」


本当に可愛くない。
ベッドの横にある棚に、ウサギのリンゴが乗ったお皿を置きながら彼は言う。短絡的に考えない方がいいんじゃない、もっとよく考えなよと説得を促す私に、1年も前から考えてましたよとの回答。また同じ言葉しか出なかった。マジか。


「君の闘い方は一緒にいる方が心配になるんです」

「かっこよくて惚れ直しちゃうから?」

「寝言は寝て言え。…死に急いでいるように見えるんですよ」

「死に急いでる、ね…」

「仲間を失いたくないのはわかりますが、君が身を挺するばかりが良いとは思いません」

「…ごめんなさい」

「家族でもできたら少しは落ち着くでしょう」

「そう来たか」


話の飛躍とも取れるそのやり取りをアレンは淡々とこなす。まるで何かの手続きを済ますように淡々と。こいつ私が断るとかそういう考えは毛頭ないのか。


「じゃあ考えておいてくださいね。僕は今から仮眠をとってきます」

「はあ」

「婦長さんにも君が目を覚ましたことを伝えておきますから」

「ありがとう」


相変わらずよれよれのワイシャツをまとった白髪頭は、病室を出る直前に思い出したかのように振り返る。


「リンゴ早めに食べてくださいね」

「この力作を食べるのは忍びないよ」

「いいから食え」

「あい」


こくりと頷いた私に満足したのか、そのままドアをぴしゃりと閉めて出て行ってしまった。


「…変なの」


手を伸ばした先の棚の上には、先ほどアレンが熱心に作りこんでいたウサギ型のリンゴが1つ。


「……?」


何か光るものが見えてウサギを手に取ると、その耳に銀色の輪っかがはまっていた。目の錯覚かと思ってこすってみるも尚も消えない銀色に光るそれは、つまりそういうことなのだろう。じわじわ暖かく、熱くなる心臓あたりで何かが小爆発を起こした。








ベガの小爆発

(ほんと、キザ)














20120711
ちょこ様リクエストで「付き合って4年目になるカップルでそろそろ結婚を考えるアレンギャグ甘」
結婚しましょうとかは簡単に言えるのに、結婚指輪を直接渡すのは恥ずかしかったアレンさん。直接渡せよ。