藪蛇




「おかしいなー」

「あ?なんだよ、まだその問題解けねぇのか」

「ううん、解けましたよ」

「見せてみろ」

「はい」

「…あってんな」

「当然」


ふふんと鼻を高くした私に先生は、調子のんな数学赤点女と叱咤を飛ばした。神田先生は隣に住んでいる3個上のお兄ちゃん、つまりは幼馴染という関係のお人。その整った顔立ちと類稀なる頭脳と運動神経のおかげで、ここら辺一帯の女という女を虜にしてやまないという噂の男である。かく言う私も、自慢ではないが神田先生に及ばないまでもここらではそれなりに名の通った美少女らしい。顔はよくて運動神経もずば抜けていいのに、成績があか抜けないなのが惜しいところだと同級生のアレンに言われるくらいには。
そこで先ほどの「おかしいなー」という台詞に戻る。


「ユウちゃん」

「授業中は先生」

「…先生、質問です」

「なんだよ」

「先生は男ですか」

「…太子お前生物も赤点取んぞ」

「だって私の知ってる男の子と反応が全然違うんだもん」

「あ?」

「…何でもないよ」


問題集から目線をこちらに向けた先生は、やはり近所で噂になるだけはある。眼鏡と高校制服のコラボレーションは中学生の私からしたら少し、否、とても輝いて見えた。たった3個違い、されど3個違い。中学生と高校生の差はこんなにも大きい。


「お前、なんかロクでもないこと考えてるだろ」

「ロクでもないことなんかじゃないよ、ハーゲンダッツをかけた熱い魂の賭け、あ、ヤベ」

「…ほう。何の賭けだ?」


吐け、と眼鏡越しの目が脅迫してくる。いえお構いなくと遠まわしに拒否の念を伝えてみたが、遠慮すんなという脅しにも似た響きで私の秘密は暴露される方向へと向かった。


「落とせるかどうかを賭けています」

「崖からか」

「ちょっと待ってよ、それじゃ私殺人犯じゃん」

「お前の文には目的語が足りねぇんだよ」

「わざとだよ。察してよ」

「はあ?じゃあ何から落とすんだよ」

「いや、何からっていうか、」

「どこから?天界から魔界にか」

「どんだけ壮絶な賭けなのそれ」

「あと10秒以内に言わなかったら宿題倍な」

「なんたる職権乱用!」

「それがどうした」

「悪魔!魔界に落ちろ」

「3倍だな」

「ぎゃ!」


色気ねーなと余裕の表情で嘲笑する男の右手は、次の週までの宿題をどこまでにするか決めかねているような動きでページをさまよった。ちょっとまってそれ軽く10ページはあるよね、いつも2ページくらいだよね、5倍かよふざけんな。


「落とすんです」

「それは聞いた」

「私が」

「それも知ってる」

「先生を」

「は、俺?」


充分に伝わっただろう意味を理解したのか先生の眼は丸くなったまま停止した。大きい目がさらに大きくなったおかげで私が映り込んでるのが良く分かる。普通の男の子なら、これだけ分かりやすいモーションをかければたやすく落ちてくれるのだ。だからこそ、普通じゃないこの人が選ばれたんだけど。


「誰と賭けてんの」

「…アレン」

「またあの馬鹿とかよ」

「……」

「で?どこから落とすんだ」

「は?」

「あ?」


まさかの事態である。この人が勉強以外のそういう方面にほとほと鈍いことは知っていたがここまでとは。こいつ本当は馬鹿なんじゃないのという目で見つめると、そういうところだけ察しがよくて案の定睨まれた。睨みたいのはこっちだよ。


「どこに落とすんだよ」

「…魔界ですよ」

「は?」

「魔界です。魔界に落とすんです」

「さっきは否定したじゃねーか」

「やっぱり魔界に落ちてほしくなったの」

「なんだそれ」

「落ちてください。そして戻ってくんな」

「俺が落ちる時はお前も道連れだからな」

「1人で落ちてよ」

「照れんなよずっと一緒だ」

「なにそれ告白みたいですね。鼻で笑っていい?」

「おお、笑え笑え」

「ふっはははは」

「紛れもない告白だからな」

「はっはは、え?」









藪蛇

(返事は来週までの宿題で)












201206013
麻衣さまリクエスト「神田で甘い感じ」
愛とか恋とかは遊び道具なんです感満載の中学生ヒロインと年上幼馴染神田さん。神田さんにとって3歳差なんてアホ毛1本の差です。