世の中には夏休みという大層素晴らしい休暇システムがあるらしい。その恩恵に預かってか本日のリゾート地には人が大群となって押し寄せている。何もこんな時にこんな場所で張り込まなくてもとも思ったが、昨夜ここで麦わらの一味らしき集団を見たという情報が入っては心穏やかではいられない。急いで軍に申請をだし、この島の滞在許可を得たわけだ。赤と白のパラソルが広がる休憩所に座り煙草を吸いながら、目の前を往来する人物を1人1人観察する。プールでは呑気に平和を享受する民衆たちが水と戯れていた。いったいこの中のどれだけの人間が、今まさに凶悪犯罪者と隣り合わせの状況にいることを予想できようか。否、予想していたらこんなところで遊んでいるわけがない。そんなことに思いふけりながら煙を吐くと、青い空に昇ってとけるように消えた。
「心ここに在らず、ですね」
「あ?」
「探しましたよマイダーリン」
「何やってんだお前」
「恋してるんですよマイスウィート」
「たしぎ変質者を捕まえた。至急本部に送還し」
「たしぎさん、ただの中将のツンデレですよ。気にしないでください」
俺の言葉をさえぎるように声を張った女は、かすめ取るように電電虫を手中におさめた。
「ここに到着してからすぐに姿が見えなくなったので慌てましたよ。鬼ごっこですか?私を捕まえてごらんなさいですか?」
「お前がついて来たら面倒だから逃げたんだよ」
「恋すると素直になれなくなるタイプですね?」
「そう思うか?」
「ふふ、可愛い人」
「なに座ってんだよ。お前は別部隊で麦わら探してたんだろうが」
「ええ、その予定だったんですけど、ちょっと残念な報告が入りまして」
「なんだ」
「中将には少し申し上げにくいのですが」
「いいから早く言え」
「巻き煙草を吸っている中年男性が、中央プールで双眼鏡を使い覗きをしている、という報告が入りましたが見る限り貴方しかいないんですよ、中将」
「……」
「麦わらを捕まえる前に貴方が捕まりますよ」
あきれ顔で双眼鏡をも手中に収めた女は、他の女を眺める暇があるなら私の水着に悩殺されてくださいとパーカーを脱ぎ捨てた。脱ぐ必要がどこにある。
「それにしてもカップルが多いですね、この島」
「そうだな」
「私たちには負けますけどね」
「お前とカップルになった覚えないけどな」
「カップルが気に入らないなら夫婦でもいいんですよ」
「よくねーよ」
適当に流した先に目に留まったのはそんなバカップルの内の1つ。
「ねぇ、シンデレラって10回言って?」
「シンデレラシンデレラシンデレラシンデレラシンデレラシンデラシンデレラシンデレラシンデレラシンデレラ!」
「じゃあ私は?」
「俺のお姫様」
「やーん、まーくん間違えなかったぁ」
その男女を真剣に眺めている太子に嫌な予感しかしなかった。
「中将、シンデレラって、」
「言わねーよ」
「じゃあ私が言うので私のお姫様になってください」
「ならねーよ!」
「もう、我が儘ばっかり」
「お前はここに何しに来たんだ」
「愛しのダーリンとバカンス」
「上司と仕事だ馬鹿」
「上司と部下ってなんかエロいですよね」
「もうお前海軍やめろよ」
「なに言ってんですか、私は辞めませんよ」
2年前の約束を守るまで。
人の声にかき消されそうな雑踏の中、なぜかその声だけはやけにはっきりと聞こえた。アップにした髪、肌の露出が目立つ服装。"いつも"と違うすべてが俺から"いつも"の反応を吹き飛ばす。2年前なら間髪入れずに言えた否定の一言が、喉につっかえたまま出るタイミングを失った。少しの戸惑いと大きな絶望感にさいなまれている間も、目の前の女は俺の瞳を見据えたまま何かを期待するような眼差しをむけるので思わず目をそらした。その時だった。
「麦わらがいたぞ!」
「……!」
「噂をすれば、ですね」
「ああ」
「これでやっと結婚できる」
「なんでだよ」
「なんでって、2年前の約束忘れたんですか?脳みそまで煙でできてるんですか?」
「忘れてねーけど、」
「もし私が奴らを捕まえたら中将は私のモノ、っていう約束でしたよね?」
「…もし麦わらを俺が捕まえたらお前がこの隊を出る、って話も忘れてねーよな?」
「望むところです」
「あ、そう」
「プロポーズの言葉考えておいてくださいね」
「お前こそ退職届用意しておけよ」
「いじっぱり」
「負けず嫌い」
シンデレラは駆け出した
(麦わら、私の恋路の邪魔はさせませんよ)
(なんだコイツ)
201205016
杏花さまリクエスト「ワンピのスモーカー夢で、『ただの理想だけれど』の続き」
スモーカーさんは簡単には絆されないし、絆されたとしても絶対言わないでしょうね。そんな意地っ張りと諦めが悪い女の話