おかえり




期待していたかと問われれば、否と答えたと思う。かといってそれが本心かと問われれば口を閉ざして答えを保留しただろう。つまりは浅はかにも期待していたのだ。


「……」

「……」


隠そうと思ったわけでもサプライズを算段していたわけでもなく、偶然、本当に偶然彼女と鉢合わせた。混乱するのは無理もない。まだ教団の誰にもこの状況を話してはいない状態だ。事実太子は俺を見た瞬間から1ミリも動かずに、手にしていた書類の束だけを綺麗に落とした。バサ、という紙特有の滑るような落ち方を見送ってもなお、彼女のその琥珀色の両眼は俺に張り付いて離れない。


「…よう」

「……」


我ながら酷い再会だと思った。もう少しマシな台詞を考え付けそうなものだが、あいにく俺には兎やもやしのようないつ何時もその状況に合わせられるコミュニケーション能力というものは備わっていない。太子の瞳は大きく瞬きをし、唇が震えて声を吐き出した。


「かん、だ、」

「ああ」

「神田、なのよね?」


なにも言わずに静かに頷く。
しばし熟考して人の顔をなめるように見つめた彼女は小さい声で、そうか、そうなんだ、と何かに言い聞かせるように頷いた。何はともあれ説明する手間が省けてよかった。彼女の情報把握能力さまさまである。


「ごめんなさいごめんなさい、神田が鍛錬後の楽しみにしてたぷっちん羊羹全部食べたの私です美味しかったです。墓前にぷっちん羊羹備えますんで安らかに眠りたもうてください」

「……」


否、なにも理解していなかった。ジャパニーズ土下座を決めんだ太子に廊下にチラホラいたファインダーたちがどよめく。


「俺は幽霊じゃねえよ」

「可哀想に、死んだことにも気づかなかったのね。でも大丈夫、私がきっと成仏させてあげる」

「いや、だから」

「でもまさかぷっちん羊羹の恨みで神田に憑かれるとは思わなかったわ。ふふ、食べ物の恨みって恐ろしいわね」

「例え化けて出ることになったとしてもその理由だけはありえねぇよ」

「ぷっちん羊羹いくつ食べたい?毎日お供えしてあげるよ」

「やめろ」


気のせいか目の端にうつるファインダーが俺に向かって手を合わせ始めた。気のせいだと思いたい。


「困ったわね、成仏したくないのかしら」

「生きてるからな」

「そうね、生身の人間も幽霊も四捨五入したら変わらないのかもね」

「どこ捨てたんだよ」

「大丈夫よ、大丈夫。私のテクニックで必ず天国に連れて行ってあげるわ」

「…なんか意味変わってくるぞ、その言い方」

「手始めにアレンの退魔の剣で成仏できるか試してみようよ。アレンなら喜んで協力してくれるよ間違いない」

「だろうな」

「さあ、そうと決まれば逃走を続ける似非紳士を捕まえに行こうそうしよう」

「……」

「どうしたの神田、目が死んでるよ。あ、すでに死んでるのか」

「(なんで俺はここに帰ってきたんだろう)」






おかえりなさい

(うわ、神田君なにしてんの、早く成仏しなよ)
(ユウでもこの世に未練とかあるんさね〜)
(そうなんだよ、俗に言う食べ物の恨みというものでね)
(お前ら俺で遊んでんだろ)











20120504
燦さまリクエスト「エクソシストな神田(帰還後)とエクソシストなヒロインでギャグ甘」
神田が生きてて嬉しいんだけど素直におかえりなさいが言えないヒロイン、という設定のはずでした。どうしてこうなった。脳内補完は各自でお願いします。てへぺろ