感情





「あれ、この本なんだ…?」


登校前、部屋の隅にあった見かけない袋を見つけた。中には図書室のラベルが貼られた本が1冊。背表紙の裏に付いている貸し出しカードで持ち主を確認する。

数人の貸し出しリストの一番下の名前は、「野崎 勝威」。

ああ、あの日に忘れていったのか。

勝威さんと一夜を過ごしてから(っていうと誤解を生むかもしれないけど)3日たった。あれきり一度も会っていない。元々1年生と3年生は教室の位置がかなり離れており、寮も別々の建物なので偶然会うことは少ない。

本の貸し出し期限を見ると明後日に迫っていた。うちの学校の貸し出しは1冊につき1週間。独占を防ぐという理由で同じ生徒が連続して借りることができないという少し面倒な決まりがある。結構分厚い本だけど今日中に渡せば返却までに読み終えることができるかもしれない。

一応連絡を…と考えたところで気づいた。

勝威さんの携帯番号もメールアドレスも知らないということを。

俺は別に高遠さんや縁を通して知り合っただけだもんな。連絡先を交換するほど親しくしていたわけじゃないし。

放課後高遠さんが晩御飯を食べに来るだろうし、そのときに頼めば返しておいてくれるだろう。


と、思っていたんだけど。


昼休みに縁から今日も高遠さんの部屋に泊まるというメールが入った。どうしよう、本。郵便ポストに入れておこうかな。ポストなら名札がついているはずだし。

仕方なく俺は放課後、授業が終わり自室へ戻る途中で3年生寮に向かった。

郵便ポストはクラスごとに区分けされている。高遠さんと勝威さんのクラスは3-C。野崎という苗字は1人しかいないようで安心した。

勝威さんのポストに本をいれた紙袋を入れる。一応付箋で「忘れ物です」って一言貼っておいた。毎日必ずポストをチェックしているかはわからないけど。部屋まで届ける…まではしなくていいよな。

あまり1年生が3年生寮の玄関でウロウロしていると変に思われそうで、すぐにその場を離れようとしたとき。


「鷹臣?なにしてんの?」


ふいに後ろから声がかかる。久しぶりに聞いたその声に心臓が跳ね上がった。

「あ…、どうも。」

ゆっくりと振り返るとそこには勝威さんが立っていた。鉢合わせになるとは予想していなかったのでうろたえる。

「えっと、あの、これ忘れていったみたいだったんで届けに…。気がつくのが遅くなってすみません。」

郵便受けに入れたばかりの袋をまた取り出して、勝威さんへ手渡した。

「じゃあ俺はこれで。失礼します。」
「待てって。おい。」

すぐに立ち去ろうとすると腕をつかまれる。

「ちょうどよかった。ちょっと着いてきて。」

そう言うと俺の手をひいてどんどん歩き出す。着いた先は当然勝威さんの部屋で。部屋、かぁ。どうしよう。なんだかすっごく緊張するかも。おそるおそる中に入ると、まず壁一面の巨大な本棚に驚いた。棚がしなる程の大量の本。

「すごい量ですね…本、好きなんですか?」
「まぁな。」

しかも見たこと無いような本ばっかり。そういえば図書室で借りていたのも難しそうな心理学の本だった。知れば知るほどよくわからなくなる人だ。勝威さんは真っ直ぐ机に向かい、引き出しの中を何か探しているようだった。

「ああ、あったあった。」

そうして数冊のノートを渡される。

「これって…?」
「俺が一年のときのノート。貸してやるよ。お前ぶっちゃけ今授業ついていくの少ししんどいと思ってない?余裕できたら自分でも作れよ。」

突然の出来事に面食らう。あの時勉強を教えてくれたときに気づいたとして、それを気にかけていてくれたのか。

「…お前なんだよその顔。」
「え!?あ、すいません、ちょっとびっくりして…。ありがとうございます!勝威さんって、優しいんですね…?」
「お前俺のことなんだと思ってたの?」

大雑把でちょっと強引で、でも優しいところもあるなっていうのはわかってた。口には絶対出せないけど。やばい。顔がにやけそうだ。

「お前今日もこれから飯作るの?」
「はい、今日は縁が高遠さんのところにいるんで自分の分だけですけど。」
「じゃあまだ時間あるだろ。わかんないとこないの。」
「あり…ます。」

勝威さんはその後、以前と同じように俺の勉強を見てくれた。付きっ切りでというわけではなく、渡した本を読みながらたまに様子を見に来て教えてくれる。

嬉しかった。もしかしたらもうこんな風に2人では会えないかもと思っていたから。俺と会うことで縁が機嫌を悪くするなら、面倒事を避けるためにもう俺には関わってくれないかもしれないと。

「勝威さんが誰と関係していても構わない」なんてそこまで盲目的には割り切れない。

そもそも彼に対する自分の抱える感情がどういう意味での好意なのか。つい最近まで男同士でなんて考えたこともなかった自分がそんなに簡単に恋愛感情なんて抱けるんだろうか。


「もうすぐ8時か。鍵閉まるからここまでにするか。」


ただ少なくとも、勝威さんからそう言われたときに帰りたくないと感じた自分がいた。その『帰りたくない』にどういう意味が含まれているかは自分が一番良くわかってる。


「はい、今日は本当にありがとうございました。」


できるだけ平静を装いながら帰り支度をして、真っ直ぐ玄関へ向かう。


「お礼もしたいし、今度また高遠さんと一緒に晩飯食べに来てくださいね。」


そう言って振り返ると、勝威さんの影に視界が覆われた。


「勝威さん…?」


次の瞬間重なっていた唇。

反応する間も無く舌が割り入れられる。両手でしっかり頭を支えられて動かすことが出来ない。

俺の手が無意識に勝威さんの制服を掴むと、それに答えるようにもっと深く舌が絡みあった。


「…は、あ…っ」


湿った音が耳に届く。裏筋を舐め取られるとゾクゾクした。


「やっぱキスでたつんだな。」
「ん…っ。」


いつの間にか俺の両足の間に勝威さんの膝が入れられていて、ゆるく刺激を受けている。素直に反応してしまうのが悔しい。


「お前すっごい物欲しそうな顔してたけど、そんな欲しかった?」


そんなことないです、って。否定したところでまったく説得力がないことくらいわかってる。

唇を舐められた後に、また舌が入ってくる。以前と違って下半身に直接触れられることは無い。キスと勝威さんの膝の感触だけで、情けないけどそれだけでイくんじゃないかってくらい興奮していた。


「はぁ…。時間やばいか。じゃあ、…また今度な。」


ゆっくりと離れた後に、最後にもう一度だけ軽くキスされた。


「……おやすみなさい。」


振り絞るようにそれだけ告げて部屋を出た。ドアを閉めた瞬間崩れ落ちそうになったけどなんとか堪え、早足で自室へ向かう。


今日、俺寝れるかな。

眠れそうにない気がする。

からかわれてるのかな。

でもそれだけだって思いたくない。


思考はぐるぐるまわる。


もう駄目だ、認めよう。
本当はもうとっくに気づいていたんだ。


俺、あの人のこと好きなんだ。





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