シュークリームの甘さ





朝食はいつものように和やかに、とはいかなかった。

だけど、縁は多少機嫌が悪いながらも用意したご飯は残さず綺麗に食べてくれて「さっきはきつくあたってごめん。」って小さく呟いた後に部屋を出て行った。


俺のことを心配して怒ってくれたんだよな。縁は優しい。ちゃんとわかってる。


その後、俺は昼頃まで一人で部屋で過ごしていたけれど、ルーズリーフがなくなりそうだったことを思い出し買い物の為に一人で購買へ向かった。購買は下級生寮と3年生寮の中間にあり、週末も土曜日だけ開店していて日用雑貨や文房具、種類は少ないけれど野菜や肉も置いてある。

食材はいつも学園の近くにあるスーパーへ買いに行っているし、ストックも溜まっているから買い足す必要はないだろう。

買い物を終えて店から出ると後ろから声をかけられた。


「鷹臣くんじゃーん。」


振り向くと大きなレジ袋を提げた高遠さんが立っている。

「おはようございます。買い物ですか?」
「うん、お菓子の材料。」
「お菓子?」

そう言って袋の中身を見せてくれる。確かに卵や小麦粉、バターなんかが沢山入っていた。

「趣味なんだよ。自分の部屋の簡易キッチンだと狭いしたまに調理室貸してもらってるんだよね。これから作りに行くけど鷹臣くんも来る?」

高遠さんがお菓子作りか。意外だ。料理は好きだけれどお菓子作りはしたことがなかった。小さい頃に母さんが作ってるのを眺めてたくらい。そのときのことを思い出して少しだけ興味が湧いた。

「お邪魔じゃないなら、俺も作ってみたいです。」
「よし、決まりだねー♪」

そのまま2人連れ立って事務室で鍵を受け取り調理室に向かった。高遠さんが買って来た材料を並べる。

「何作るんですか?」
「んーとね、今日はシュークリーム。」
「シュークリーム…って難しくないんですか?」
「意外と簡単だよ。好きだから何回も作ってるし。」
「へぇ…。高遠さん甘いものが好きなんですね。」
「ううん、嫌い。」
「え?」

棚から調理器具を取り出しながら高遠さんが微笑む。


「みどりちゃんが好きなんだよ。」


あー……。なるほど。

縁がたまにどこで買って来たんだろうっていうようなケーキとかタルトとか高そうなお菓子を食べてるのを見かけたけどあれ全部高遠さんが作ってたのかぁ。すごいな。

「はい。これ白身と黄身で分けて。」

高遠さんからボールと卵を渡される。手際よく分量を計り始める姿を見ると本当に作り慣れてるんだなぁと思う。自分じゃ食べないのになぁ。でもまぁ、俺も料理を作ること自体が好きになってるとこあるから気持ちはわからないでもない。

「みどりちゃん、帰ったばっかりでまた来たかと思ったら、なんかすごい怒っててさぁ。だから甘いものでも食べたら機嫌良くなるかなぁと思ってさ。」
「ほんと高遠さんに大事にされてますよね。縁は。」
「与えた分返って来るからね。ちゃんと。」

惚気られてるけど、まぁいいや。こんな風に信頼し合えるパートナーがいるって素直に羨ましいと思ってしまう。

「あ、怒ってたって言っても鷹臣くんにじゃなくて勝威にだから。鷹臣くんも色々大変だったね〜。」


…………色々?嫌な予感がする。


「もしかして縁から何か聞きました?」
「うん?一通り。」


おおおお……!話すか普通…。一通り!?一通りって俺が勝威さんに手コキされて朝まで一緒に寝てたけど結局何にもされなかったよってこと!?俺今日からどんな顔してこの人たちと付き合っていけばいいんだよ…


「みどりちゃんはさぁ、勝威のことただのヤリチンだと思ってるんだよね。まぁ俺も否定はしないけど。あいつはなんていうか…来るもの拒まずなんだよ。」


やっぱりそうなんだ。想像はしていたけど。特定の人は作らないで色んな人としてるのかな。改めてはっきりと言われるとショックで言葉が出てこなかった。

俺も沢山いるうちの1人でしかないんだろうなって。

動揺した表情はおそらく伝わってしまっただろう。高遠さんは作業の手を止めて俺の顔を覗きこんだ。


「鷹臣くん。俺の言ってる意味わかる?」
「…意味ってなんですか?」
「うーん。いずれわかると思うよ。はい、次はこれ混ぜて。」


材料が入ったボールを渡されて、それっきり高遠さんは勝威さんの話をしなかった。

指示を受けながら一つずつ工程をこなしていってシュークリームが出来上がった頃にはもう夕方近く。

「よーし、できたー!」
「すっごい大量なんですけどこれ食べ切れます?高遠さんは食べないんですよね?」
「うん。これだけあると見てるだけでも気持ち悪い!」

そんなに徹底的に嫌いなものをこんなに美味しそうに作れるなんてある意味すごい。

「高遠さんって、実際俺なんかより料理上手いんじゃないんですか?」
「お菓子以外となるとちょっと勝手が違うんだよね。なんでだろうね?でもやっぱ鷹臣くんがいてくれて助かった!ありがとうね。」
「いや。俺も楽しかったですよ。」

男二人で休日にお菓子作りってなんだかシュールな光景だけど、何かを真剣に作っているときって無心になれていいなって思った。


縁喜ぶかな。喜ぶよね。


「そういえばみどりちゃんがさ、知り合ったばっかりの人のことをこんなに気にかけてるの初めて見たんだよね。鷹臣くんはすごいと思うよ。」

「俺は…なんであんなに怒ってくれるのか、わかんないんです。縁が優しいからっていうのはもちろんなんですけど。なんで俺なんかのことをって。」

「鷹臣くんは自己評価低すぎるよ。ほんとこういうのってフィーリングでしかないけど、俺もみどりちゃんもひねくれてるからさ、誰とでも仲良くできるタイプじゃないよ。」


勝威もね。


と最後に付け加えて高遠さんは笑った。


「じゃあ片付けて部屋に戻ろうか。みどりちゃんも待ってるから。」


そして、2人で皿いっぱいのシュークリームをかかえて部屋へ向かった。高遠さんの言葉を噛みしめる。もっと自分に自信をもてる日が、こんな俺にも来るんだろうか。





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