泡とパール






ダスティパステル。
ラディアント・オーキッド。
アコプリ。
ペプラム。
パイピング。


こうして並べると、まるでなんかのゲームの呪文みたい。


ファッション用語なんて、せっかく覚えてもすぐに新しい流行がやってくるから、馬鹿な俺だといちいち意味を調べるのも面倒臭い。

着飾った沢山のマネキンたち。今日はただ遠目に眺めるだけ。

可愛いのがあったら「これ試着したいです」って言って、「似合いますか?こんな色もありますよ」って店員さんとお喋りしながら服を選んで。

そういうのちょっと憧れる。

まぁ、世の中にはどうしようもないことっていっぱいあるもんね。


今日は渡良瀬と2人で友ちゃんの通う専門学校にに遊びに来ていた。学校の中に併設された専用のイベントホールで、定期的に開催される外部向けのイベント。服飾科の展示会や美容科のデモンストレーションなんかもやっている。

学生主催のフリマもやってるからかな。来場しているのは殆どが10代から20代の女の子で、俺達みたいな男子高校生2人組はちょっと珍しいみたい。

服を見るのは好きだから、友ちゃんが関わっているイベントは大体いつも来ている。渡良瀬はあんまり興味が無さそうだけど、なんだかんだいつも付き合ってくれていた。

本当は女の子の格好で来たいけど高校生向けのオープンキャンパスも兼ねているイベントだから知り合いに会う可能性も高い。だから今日は普通に男の格好。


「友ちゃんの展示ってドレスだよね?この前課題で作るって話してたやつ。」

「そうだっけ?全然聞いてなかった。」

「渡良瀬ってさぁー…ほんと興味ないことは何も覚えてないよね。」

「あ、俺トイレ行って来るから。萌佳は先に展示の所行ってていいよ。」

「はーい。」


入り口で渡されたパンフレットを開いて場所を確認する。そんなに広い会場じゃないから、目的の場所にはすぐに辿り着いた。

今回の課題のテーマが「童話」なんだって。不思議の国のアリスとか赤ずきんとか。題材としては結構ありがち過ぎて逆に難しいかもね。

友ちゃんのモチーフは"人魚姫"で、海をイメージした深い青色のドレスだった。

なんだろう。ちょっと予想外。もっと尾びれをイメージしたお姫様〜って感じのフワフワした形を想像してたのに。意外な程シンプル。あんまり人魚姫ってイメージじゃないなぁ。

ふと、胸元のネックレスが目に留まった。

そうだ。今回のアクセサリーって千歳さんにお願いしてるってこの前言ってたっけ。

この前撮影したような普段使い用のものとは違う、ドレスとは対照的に派手なデザイン。きっとこのドレスに映えるように作ったんだろう。シルバーのチェーンに白いレースが編みこまれていて、その周りには透明のテグスに散りばめられた大小沢山のパール。

そうか。人魚姫だから、これは…


「モカちゃん。…だよね?」


そのとき突然、後ろから名前を呼ばれた。
聞き覚えのある声。


「千歳さん!来てたんですか。」
「近くまで用事があって、そのついでにね。」


この前の撮影で会ったのが2週間前。しばらく会わないだろうと思っていたのに、予想外に早い再会だったなぁ。


「この前はありがとうね。最初は萌佳ちゃんだってわかんなかったよ。女の子の格好してるところしか見たことなかったから。」

「あ…!そうだった…逆に恥ずかしいかも…!」

「へぇ。そういうもの?なんか不思議だね。」


だって最初が女の状態で会ってるからさ。当たり前だけどメイクもしてないし。いや、これが普通なんだけど。


「千歳さん、このネックレスって千歳さんが作ったんですよね?」
「そうだよ。」
「パールが泡?」
「あー…そうだね。わかりやす過ぎたかな。」


思い出したんだ。人魚姫って最後は海の泡になって消えちゃうんだった。

ディズニー映画の影響で明るく華やかなイメージが強かったけど、子供の頃に読んだ絵本の人魚姫は救いの無いとても悲しい結末だった。そういえば、どういう経緯で泡になっちゃうんだったっけ。


「あの、俺よくわかんないんですけど課題ってアクセサリーも含めて自分で作ったりするんじゃないんですか?」

「最初は友ちゃんもそのつもりで、僕はアドバイスだけの予定だったんだよね。でも時間が間に合わなくて結局俺が作ることになちゃったんだ。まぁいいんじゃない?あくまでも課題はドレス制作なんだし。ところで今日集君は一緒じゃないの?」

「来てますよ。渡良瀬はトイレに行ってます。」

「君達は本当にいつも一緒にいるね。」


そう言って千歳さんは少し皮肉っぽく笑った。大体いつもこんな感じだ。千歳さんが心の底から笑った顔って全く想像できないなぁ。

そのときふと、周りにいる女の子たちが何人かこっちを見ていることに気がついた。こっちっていうか、千歳さんを。

大分見慣れたせいか忘れてたけど、千歳さんて格好良いんだった。それも初見だと言葉に詰まっちゃうくらいのレベルで。背も高いし。黒とかグレーだとかシンプルな服装しか見たことがないけど、こういう人だときっと何を着ても似合うんだろうな。


「…あれ。そういえば、千歳さんてアクセサリー全くつけないんですね。」
「え?ああそうだね。メンズ用のは作ってないし。」
「市販のやつもつけないんですか?」
「うん。時計以外は好きじゃないから何もしないよ。」


自分では一切つけないのに作るのは好きなんだ。変わってる。


「じゃあ僕はもう行くね。集君と友ちゃんによろしく。」
「えっ!会っていかないんですか?」
「友ちゃんのドレスも見れたし、少し寄っただけだから。……あ、そうだ。」

一度は立ち去ろうとした千歳さんが振り返る。
スマホを取り出して予定を確認しているみたいだった。

「モカちゃん、来週の土曜か日曜って空いてる?」
「特にはなにも。」
「もし良かったら、僕の家に来ない?」
「家に?」


思いがけないお誘いに一瞬びっくりしたけど、すぐに撮影か、って思い直した。

確認すると思ったとおりで。

前回撮った販売用のアクセサリー以外にも今回の展示に使うようなイベント用の作品を気に入ってくれた人がいて。この先そういう発注が来た時のために資料が必要なんだって。

「サイズが大きいから沢山は運べそうになくて。車で迎えに行くから家まで来てくれると助かるんだけど。」

「遠いし俺は電車でいいですよ。この前友ちゃんの車で家の前までは一度行ってるし。」

「あー…そっちは実家だから。僕が実際に住んでる所はその隣の市なんだよね。電車で来てくれるなら最寄駅まで迎えに行くよ。」


来週の約束をして、そのまま千歳さんは帰って行った。入れ違いで戻ってきた渡良瀬に千歳さんに会ったことを伝えて、「一緒に行く?」って聞いたけど、来週末は新しいゲームの発売日だから無理だって。

渡良瀬はね。ゲームの発売日からプラス一週間くらいは俺に全然構ってくれないんだよ。

いいんだけどさ。発売日でさえなければこうして興味の無いイベントにも付き合ってくれるんだから。

仕方ないから一人で行くか。

千歳さんって話していてもあんまり生活観感じないから、どんな部屋に住んでいるのか、ちょっと楽しみかもしれない。







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