あかいろ、おれんじ






「で、なんで俺の部屋でやるわけ?」
「だって渡良瀬の部屋って物が少なくて広いんだもん」
「ごめんね集君、夕方までには終わると思うから」


週末のドライブから1週間後の土曜日。約束通り千歳さんは沢山の作品を抱えて渡良瀬の家にやって来た。

千歳さんと俺で撮影場所を考えた結果、渡良瀬の部屋が一番いいんじゃないかってことに決まって。ただそのことをうっかり当日まで部屋の持ち主に伝え忘れていたのはちょっと申し訳なかったかなって思ってるよ。


「そうだ、お土産買ってきてるから後で食べてね。集君て白墺堂のケーキ好きだったよね?」


不満げな渡良瀬を嗜めながら、千歳さんは部屋にあった低いテーブルの上に薄い水色の布を広げて、手作りっぽいレフ板と小型のスタンドライトを設置している。

ケーキのことを聞いて渡良瀬は少し嬉しそうな顔をした。千歳さんは、渡良瀬の扱い方をきちんとわかってるんだなって思う。「終わるまでリビングにいる」と言って渡良瀬は部屋を出て行った。


「モカちゃんは普段からそういう格好してるんだね」
「そうですね。渡良瀬の部屋にいるときは大体そうです」


撮影するのは手首から先だけだから服装はなんでもよかったんだけど、なんとなく今日もいつものように女の子の服を着ている。友ちゃんがくれた黒髪のウィッグもつけて。

千歳さんは今日撮影する指輪をケースから取り出してテーブルの上に並べていく。その中の一つを選んで俺に渡した。


「どの指がいいですか?」
「人差し指で調度いいかと思うんだけど」


言われた通り受け取った指輪を人差し指にはめる。以前見せてもらったものと同じデザインで、ストーンの色だけが違う。小粒のパールと一緒につけられたオレンジと赤い石。


「撮影が終わればモカちゃんにあげるものだし、せっかくだから似合いそうな色にしてみたんだよ」

「この石が?」

「うん、そういうイメージ。じゃあ撮影始めようか。ここに手を置いて、指は自然な感じで伸ばしてて」


スタンドライトの光に照らされて、指輪の石がキラキラ光っていた。オレンジと赤。俺ってこういう感じなのかな。

俺の為に…ってだけじゃないけど、俺に似合うように作ってもらった指輪はなんだかちょっと特別な感じ。それは初めての感覚だった。

千歳さんは一眼レフカメラを構えて真剣な表情で淡々と写真を撮っていく。たまに手の角度を調整しながら何枚も。

「じゃあ次はこのリングも一緒に。今してるのとセットになってるから、こっちは左手の中指にね。」

言われるがまま指輪をはめて今度は両手をテーブルに置く。そのとき階段を上がる足音が聞こえて、渡良瀬が部屋に入ってきた。手にはお菓子の箱を抱えている。


「千歳君、沢山あるけどどれ食べていいの?」

「集君の好きなものでいいよ。あ、でも友ちゃんにはチョコレートのやつ残してあげた方がいいかもね。」

「萌佳は何がいい?」


撮影中の両手はテーブルの上で固定したまま、渡良瀬が差し出した箱の中を覗き込む。そこにはシュークリームやタルト、色んなケーキが詰まっていた。


「ロールケーキがいい!」
「はいはい。じゃあ残しておくから後で食べな」
「今食べたい」
「お前、両手塞がってるけど」
「うん。口に突っ込んでくれたらいいよ」


口を開けて待機していると、渡良瀬は適当な大きさに割って食べさせてくれた。今流行りのあっさりしたクリームじゃなくて、昔ながらの感じがするどっしりした甘い味。

「美味しい。俺こういうの好き」

口に運ばれるケーキを食べ続けて、俺が最後の一口を頬張ると渡良瀬は立ち上がりケーキの箱を持ってまた部屋を出て行った。

「千歳さん、ご馳走様でした」
「いいえ。なんていうか君達は本当に仲が良いよね」
「渡良瀬とは生まれたときから一緒にいるから」
「集君はモカちゃんに対してどっちとして接してるの?」

どっち?男か女かってことなら、男なのかな。女装してるときも特別接し方が変わるってこともないし。

友ちゃんから服を貰うきっかけを作ってくれたのは渡良瀬だった。

テレビや雑誌の中の可愛い服を着た女の子たち。ある時、その子たちを他の男子とは違う視線で見ている自分に気がついた。

あのヒラヒラしてる可愛いのを、自分も身に着けてみたいって。

自覚して、認めて、じゃあどうしようかって散々迷った末にとりあえず渡良瀬に聞いてみることにしたんだ。


ああいう女の子の服を、俺が着たら変かなって。


そしたら渡良瀬は「とりあえず着てみれば」って答えたんだよ。


気持ち悪いだとか、色々言われる覚悟はあったのに、まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかった。だけどその一言でですごく救われた気がしたんだ。


「渡良瀬は…昔も今も変らないです。男とか女とか、気にしてないのかも。渡良瀬が協力してくれなかったら、こんな風に好きな格好して過ごすなんてことできなかった」

「じゃあ集君に彼女なんかができたら大変だね。会える時間も減っちゃうだろうし」

「彼女?渡良瀬に?」


"できるわけない"って言いかけて、そうとも限らないのかって思い直した。

今まではそういう話が偶々なかったけど、気がついたらもう俺達は高校生だし。

最初にできるわけないって思ったのは、渡良瀬が恋愛なんて全然興味無さそうに見えるからで。だけど周りの誰かが渡良瀬のことを好きになる可能性だってあるんだもんな。もしその子が可愛くていい子だったら渡良瀬だってその気になるかも。

でもそうなったらきっと千歳さんの言う通り、今までみたいにはいられないんだろうな。

それは正直淋しいことだけど、自分の我侭を押し付けるわけにもいかないし。

そのとき俺はどうしてるんだろう。渡良瀬がいなくて、他の誰かと一緒に過ごしてる未来。今はあんまり考えられない。


「あ、ちょっと待って」

「え?」


そのときふいに、千歳さんがこちらへ向かって手を伸ばして俺の口元を拭った。


「クリームついてた」
「あ…、すいません」


なんだろ。
人に触られるのって、こんなにドキドキするものだっけ。

千歳さんはそのまま床に置いてあったティッシュを取って、クリームの付いた指先を拭いている。その横顔をぼんやりと見つめていた。

睫長いなーとか、肌きれいだなーとか。
最初に会ったときと思うことは変わらない。


「千歳さんてイケメンですよね。」


俺の言葉に千歳さんは一瞬だけこっちを見た。


「褒めてくれてるんなら有難く受け取るけど。モカちゃんは思ったこと何にも考えずにすぐに口に出しちゃうようなタイプだよね。」

「そうかな。そうかも。」


言われてみるとそれが原因でよく渡良瀬や兄ちゃんに怒られることが多い。思いつきですぐに行動するのはやめろだとか、一回深呼吸することを覚えなさいとか。

子供じゃないんだからって思うけど、実際のところいくら言われても改善しない俺が悪いのかもしれない。


「多分きっと千歳さんみたいな顔が好きなんだと思います」

「ふーん。まぁ俺もモカちゃんの外見は嫌いじゃないよ」

「ほんとですか?」

「中身はともかくね。相性で言えば僕たちは仲良くなれないだろうね」

「どうしてですか?女装してるところが嫌?」

「そこは関係ないよ。モカちゃんは自分に合う服選んでると思うし。そういうのじゃなく単純に性格の問題かな」

「えっ!その方がきついんですけど。そんな酷いことサラっと言わないでくださいよ。じゃあどういうところで性格が合わないのか千歳さんも一緒に考えましょう?」 

「うーん。強いて言うならそういうところかな?」

「俺モデルやめようかな」

「ごめんごめん。僕はモカちゃんの手も好きだよ」


なにそれ。なんかちょっとむかつく。でも外見褒めてもらえたからいいのかな。
いやよくない?……まぁいいや。


一通り撮影が終わって、日も暮れる頃千歳さんは帰って行った。

今日撮った指輪とブレスレットは全部で20種類くらい。そのうちの半分は「協力してくれたお礼に」と言って置いて行ってくれた。


「その指にしてるやつ貰った指輪?」
「これ?そうだよ」


オレンジと赤い石の指輪。似合う色って言われたからかもしれないけど今日貰った中ではなんとなくこれが一番気に入っている。


「千歳君て気難しいからさ。知り合ったばっかりでも普通に話せてるのは萌佳だからかな。」

「でも千歳さんは俺の性格が嫌いだって言ってたよ。」

「……お前、すごいこと言われてるな。」

「俺は正直な人は嫌いじゃないけどね。なんていうか、独特の価値観で生きてる人って感じ。」

「そういうのを気難しいって言うんだよ。」


「悪い人ではないけど」って渡良瀬が呟く。
それは俺も同意見。
いっぱいアクセサリーくれたし。
物で釣られてるわけじゃないからね。


住んでいる所も離れているし、用が無ければもうしばらくは会うこともないだろうな。


なんとなくだけど。
ほんの少しだけまた会いたいような気がする。
俺嫌われてるけどさ。


指を伸ばして、千歳さんが褒めてくれた自分の手を見つめてみる。


人差し指の上で、小さな石が鈍く光った。







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