devotion(くく勘)*


※現パロ

 おれの知ってる久々知兵助ならば、今すぐシャワーを浴びてきてくれる──そう勘右衛門がのたまうので、久々知兵助こと俺は、ひとり温かな水に打たれている。労働を終えた身体には十分に心地よく、勘右衛門があんなこと言って俺を誘わなければ、お湯を貯めてしっぽりと浸りたい。が、事態が事態、そんなわけにもいかず、コックを閉めて脱衣所に出れば、
「おかえり」
と態とらしいハート付きの台詞が降って、バスタオルの中で俺は、勘右衛門にキスをされるのである。
「おつかれ」
 いたわりの言葉が二十三時半の身体に染みる。俺用の、少し落ち着いたテンションで話す勘右衛門。抱きしめて、水滴がかかるからと叱られて、開放して、また口づける。そのまま、互いに手探りで廊下を渡る。脚が縺れあって、転びそうになるのがおかしくて、喉元でけらけら笑いながら。
「ビールしかないけど」
 冷蔵庫のドアにかかる手を見て、急速に性欲が沸きあがってくるのを自覚する。
「うん、ちょうだい」
 俺が〈ちょうだい〉に傍点をつけて言うと、フンと軽く笑ってから、それでも「わかった」と勘右衛門は言う。断られたとしても、「そもそも誘ったのがそっちだ」という反論が成立するのだから、当然といえば当然か。
 爪がプルトップに当たる音は耳の管を流れて自我を刺激する。互いに遊ばず互いだけを見て二十代半ばまで来られたのは、俺たちにとっての少なくない誇りだと思う。
「ん、」
 勘右衛門がビールを含んだまま、鼻にかかった声をあげる。心臓が壊れやすくなくてよかった。何をされるかわかっていても、期待は十分に膨らんでゆくものだ。
「ふ、んん」
 くちびるが合わさる。ビールが口の端から零れ、顎を濡らす。
「んぐ、ぁ……」
「もったいない?」
「ん。まあ、食べ物は無駄にするな、だよ。酒とあっちゃあ、なおのこと」
 勘右衛門は平明にそう言った。舌で雫を追いかける。苦い味に、俺と同じボディシャンプーの匂いが混ざる。勘右衛門はくすぐったそうに身をよじらせ、後ろ手にキッチンのへりに寄りかかっている。
「へ、すけ……」
「すごい、して欲しそうな顔してる」
「なんだよ、それ……」
 抗議になっていない。けれど俺のほうだって大差はなく、笑いながら勘右衛門のスウェットを下ろしてはいるが、本当は勘右衛門に早く触れたくて、全身で触れたくて、包み込んで殺してしまえるなら、それでもいいんじゃないか、って。
「く、はっ……」
 舐めながら話すと、勘右衛門は大抵「喋るな」と怒る。本気で怒っているわけではないことはわかっている。わかっていて、本気でない勘右衛門の怒りだって甘んじたくて、わざと口に含んだまま、どうでもいいことを話す。
「しゃべるな、ってば、ぁ」
「あんで? ひもひいはら?」
「……ばーか」
 俺の半乾きの頭髪をくしゃくしゃ、どころか、ぐちゃぐちゃにかき回してから、
「きもちいよ」
と言う。俺の白髪を見つけたと言って抜こうとしてくる。俺はそれに抵抗して、薄っぺらな尻に縋りついて、その肌がおそろしく温かいものだから、なんだか泣きそうになってしまったが、勘右衛門には言わないでおく。

〜〜〜

「へー。」
「なんだよ」
「俺に抱かれたくてひとりで準備して、あげく出迎えて即、誘惑かあ……」
「言い方!」
 俺の腰の上に跨って膝立ちになった勘右衛門が、自ら後孔にローションを継ぎ足すのを、俺はベッドに寝転がって静かに(、きわめて静かに)見守っている。
「遅くまで、ん、はたらいて、ぁ、疲れてっ……から、」
「うん」
「おれが……ぁん、癒して、!」
「ふうん」
「ホント、ほんとぉ……!」
 次第に高い声の割合の方が大きくなってゆく。目を閉じれば「据え膳」の文字が過ぎる。しかし、飼い主からは「待て」のサイン。これ以上、辛いことはない。
「はあ、っああ」
「準備してるときもそんな感じなの?」
「ちが、う。いまだ……けっ」
 俺が見ているから、ということなのだろう。健気である。脚を動かして勘右衛門を開脚させてやると、挿入が深くになって、また声が上がる。
「こらっ! 手出し、しないで……」
「手は出してない」
「ちくしょ、ふ、う。見てろよ……」
 言われなくても凝視している。一瞬歯を見せた勘右衛門の表情が目に焼き付く。腰を上げた体勢を支えようとすると、手を叩かれる。
「は、ぁ、ま、待ってまだ……」
「まだ?」
「まだだろどう見たって! もう!」
 困ったような顔を見ていると、初めてこういうことをした時のことを思い出す。そういう風に言ったのならば、勘右衛門は恥ずかしがって、怒るだろうか。
「おれが動くんだから、兵助は、ん、黙ってて」
 黙って、と言われると、目を細めて勘右衛門を見ること以外に、することがない。そうして見ている俺の感情が、勘右衛門には伝わっているのだろう、腰を動かす前から中が動いて、すると俺の笑みは余計に、深くなるのである。
「……すけべえ」
「どっちが?」
「どっちもって……言いたいん、だろっ」
「バレた?」
「ばればれ!」と笑う顔が愛おしい。前髪から汗が落ちる。お互い汗だくになって、近く抱き合えばベタつくけれど、それが愛情ってものなんじゃないかって、錯覚、だとしても、勘右衛門がそばにいるから、そう思っていたい。
「勘右衛門、」
「ん?」
「俺と、そういうことしたかった?」
「なっ……」
「言ってよ」
「やだ」
「癒してくれるんじゃなかった?」
「……こいつ」
 愛情を知った身体は欲深い。形だけは諌めたいのか、勘右衛門は俺の太ももをつねってから、
「したかった……!」
「ずっと?」
「ずっと、仕事中も……んっ、考えて」
「欲しかった?」
「欲し、いまも、ほしい……!」
 甘い声が、耳元に刺さる。痛いよ、と言えば、わけのわからない、といった顔をされる。頬に掛かる髪の束をいくつか選んで、「汗かいてるよ」、いいんだ、なんだって愛しているんだ、お前が俺に乞い願う気持ちごと、ぜんぶ、ぜんぶね。





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