有り余るほどの(仙勘)*
「幸せにしてくださるんですか。」
「……な、にを急、に」
「もうずっと、考えて……ました」
勘右衛門は涙ぐんでいた。相手のかすかな身動きを肌で捉えてみせては、ふ、と息を漏らし、声を出さぬようにとくちびるを噛む。
「……私は、お前のことを可愛いと思うよ」
「そう言ってくださるからおれは、息ができる」
言ってから、
「……嘘です」
と俯向く。
「真っ暗です、全部」
投げ槍な言い草、縋っていた手のひらは放り出され、身体が柱にもたれかかった分だけ、二人の間に距離が空く。
「じきに好い人ができますように」
仙蔵が声でなく目線でもって咎めると、
「先輩にも。」
と余計に挑発する。仙蔵は勘右衛門を抱き寄せて、〈これは乗せられたか……?〉と思わないでもなかったが、そのまま腕の力を強めると、肩口に涙が染みてくるのである。
「なんであんたのこと、好きになって……」
「あんたって、なぁ」
「おればっかり、おればっかり好きじゃないですか」
スン、と、どちらともなく鼻をすする音がする。
「お前、話聞いてるか?」
「へ……ん、んぅ」
頬を掴み、口づける。勘右衛門は咄嗟のことに驚き、目をつぶっている。仙蔵はそれを、可笑しく思っている。
「かわいい」
「……ハイ」
「わかったか?」
「…………ハイ」
「幸せか。」
仙蔵にも気後れがあるのか、最後の問いは強張りを持って発せられた。
「今は……はい。」
勘右衛門は息をスウと吸ってから、
「でも、それも今だけです。わからなくなる。すぐに見えなくなるんです、すぐ」
と言う。さまよい、探し求めるような、頼りない声だった。
「よし」
「……?」
「望みを言え。お前はわかりづらくていけない」
言われて、勘右衛門はむっ、と反抗的になる。
「これでも精いっぱい、甘えてるんですけど」
〈甘えは十分〉、と言おうとして、仙蔵は押し止める。勘右衛門のこころを開いて、導いてやらねばならない。
「優しいのがいいか? つれなくしてみるか?」
「ばっ、望みって、そういう……」
「そのための情交じゃないのか」
「ちょっとそんな、あけすけに言わないで」
「いいから」
「……んもう、じゃ、じゃあ。……どうしよ」
迷った末に勘右衛門が提案したのが、〈頭、撫でてください〉、であった。
〜〜〜
「っや、ちが、」
求めていたものの何倍もの熱情を渡されて、勘右衛門の器は決壊寸前だった。
「勘右衛門、」
「せんぱ、ァ……!」
天井を仰ぎ、喉を晒して泣いている。後ろに流れ落ちる髪を、仙蔵の白い手が梳いてゆく。
「あ、あ、それ、やだ」
「駄々をこねるな。いい加減観念しろ」
「も、もう、してま……」
「お前がしろと言ったんだ」
「だって、だって、こんな」
勘右衛門はまた、イヤ、イヤと頭を振るが、仙蔵の手のひらがそれを捉え、撫でつける。身体の動きとは無関係に、ただ穏やかに頭を撫でられて、勘右衛門はひどく混乱した。
「こんな……?」
「んん、き、気持ちい……からっ」
言葉にすると余計に恥ずかしいのだ。そうするように促されているのだと自覚すると、尚のことで、勘右衛門は思わず仙蔵に抱き着き、身体を密着させる。鼓動が反射して、倍になって返ってくるように感じていた。
「もう、だめ、だめになる」
「なればいい」
「ああ、ん、んあ」
脳まで溶け切って、喃語を発するだけの肉になる。そのことが勘右衛門には至極辛く、そして甘く重く、のし掛かる。
「せんぱ、せんぱい……」
「ん、」
「すき、すきです、すき……!」
言葉の度に収縮する勘右衛門の内臓が、仙蔵にとってはいとおしく、目頭が熱くなるのを堪えることになる。また丁寧に後頭を撫でて、身体を揺らし、すすり泣きながら縋ってくる勘右衛門を慰める。
「ん、そ……そこ。きもち」
「そうか。触っていいぞ」
「んう、ばか、さわって、ください……」
強請って身体を動かすと、汗に濡れた内腿が滑る。バランスを崩し、膝頭を床に打った勘右衛門が、悶絶しながら仙蔵の首を絞める。
「んぐ。わが、わがった、」
「んん、ふふ。わかれば、よろしいっ」
いつもこうなればいい。仙蔵は思う。どの夜も結末がこうであれば、それが答えとなりゆくのだ。与えては捨てられ、また与えては無下にされ、それでも有り余るほどの情を、この関係に注ぐことが、できるのならば。