ニシヘヒガシヘ

砂漠の向こう
一体全体、なんで私がこんな目に合わなきゃならんのだ…。マジで神様を恨むよ…。

金山寺を降りて一週間。
山を下る最中は、まぁ、出るわ出るわ、妖怪も山賊も……。


まあ、そのおかげで霊符は自由自在に扱えるようになった。
金山寺で朱泱から修行を受けているときは、大分息切れこそしなくなったものの、技のコントロールには苦心したものだ。それが今、思い描いた通りの効力を発することができている。

眉唾では?と疑っていた治癒も、いざ自分が必要になったらできたし。


これはしみじみ思うのだが…なんか、桃源郷(こっち)に来てから、私の霊力、強くなってる…?
だって元の世界にいたときには全く考えられなかった高度な技も、今ならばできる、自分の能力の範囲内だとの思いが確信めいて感じられるのだ。

不思議の国桃源郷にやってきたからなのか、これだけ経験値稼げばレベルアップも二段階進化も当たり前なのか……ううん、わからない…。



そして、こんなにまで妖怪を相手にしてわかったこと。

こっちの世界の妖怪は、怪力ってこと以外、あんま人間と変わらない。だから倒せはせど、殺すことにはかなり抵抗があった。でもやられなきゃ自分が殺されるのだから、きゃつらを殺さねばいかんわけで…私は元の世界に戻らなくてはいけない、みくるのために、おじいちゃんの介護(先数十年は必要ないだろうが。いや、ずっと現役かもしれないあの爺さん)のために…だから、死ぬわけにはいかないんだ……。


殺しちゃった……と随分と苦しんだけれど……なんか、こんなサバイバル生活してると、もう自分のことしか眼中になくなるし…ていうか、ここ私の世界じゃないし…ていうか死んでたまっかぁぁ私を殺そうとしてくるんだから殺そうとするしかねえだろぉぉおぉ!!!


と、まあ…半ば無理やりに開き直った。なんかもう考えたくないんだ…私の命と妖怪の命と、どっちが尊いなんてあるか?なんて、ことを…。

綺麗ごとなんて言ってられないもの…。

で、夜は夜で。
当然眠れませんよ、危なくて。
休む時には結界を張って最小限の力しか使わないようにした。
でも完全に眠りに落ちると、結界を張る気が放出されなくなってしまうから、不眠状態で山を下りた。
下山するのに二日。そして砂漠を彷徨うこと、今日で五日目。
そう、山を下りればそこには町があるのかと思えば……緑が突然途切れたかのように広大な砂漠が広がっていたのだった。
この砂漠を越えなければ別の街にはたどり着けないのか……。
そう悟り、私は山中に落ちていた棒を杖にして砂漠へと踏み出した。

砂漠は山よりは安全だと言っていい。
ねぐらにできそうな場所がないからなのか、妖怪も盗賊もほとんど出なかった。ほとんど出ないだけであって、全くでないわけじゃない。これまたお決まりのパターンで、霊符でヤツらを蹴散らし、街の方角を脅して聞いて、こうやって砂漠を彷徨い歩いている。勿論夜は結界を張って睡眠はせずに体を休める。過度の寝不足で…それと砂漠の熱気で…もう意識朦朧。

空腹は…小さなころママがロクに食事を与えてくれなかったから慣れてるっちゃ慣れてるけど、眠るのは、道端とか公園でできたからなあ…。こんなにも睡眠が人体に影響を与えるなんて……。

―――喰うか喰われるか。そんな危険な場所に置かれたことなんて、ないのだ、私は。



棒を杖にしてへろへろになり、歩く……

もう水も食料も切れたし…ガチで今日で人里に辿り着かないとやばいんだけど……

私のポケットには風呂敷が綺麗に畳んで入っている。



いよいよ身の危険を感じ…それと共に理不尽な運命を与えてくださった神様への怒りもひとしおに……そんなときだった…



街…?

高い石段が見える…そして、一番上の段には人影……



金色の髪に金色の冠…。

何あれ、神様?


へろへろと、引き寄せられるように石段へ近づいた。


その御人はただじっと黙ってこちらを見下ろしている。



ぼんやりと、ほとんど無意識的に声をかけていた。


「あの、あなた神様ですか」

石段の上で、ふんと鼻をならす音が聞こえた。


「そうだな。俺を神と崇めるのは間違いではないな」


こいつかァァァーーー!!!

どこにそんな体力が余っていたのか、気づけば私は超高速で石段をかけあがり、神様にミドルニーキックをかましていた。


「ぐはぁっ」

私の膝が神の顎を直撃し、神は思い切り後ろに倒れる。私は馬乗りになり、その横っ面をグーで殴りつけた。


「テメェこら何してくれとんじゃボケェーーー!!!私をこんな世界にワープさせやがって!!
マジで何なの!?ざっけんなよチキショォォ!!ってか妖怪いすぎなんだよここわけわかんねーんだよ!!
こちとらゆとり上等世代なんだよ!円周率は3で週休二日制なんだよ!
二十四時間体制で妖怪退治とか殺す気かァァー!!」

「ちょ、ちょっと待て、話が見えな…ぶふぁっ」

がっしょんがっしょん、私は神のお顔を殴り続けた。マウントポジションで。


「なんで揉み上げだけ伸ばしてんのエエ!?これ以上すっとぼけるなら揉み上げ刈り上げんぞコラァ!!」


マジでなんで揉み上げだけ伸ばしてんだよ!戦隊ヒーローのレッドか!

私は彼(顔も声も男だった。神様は男らしい。両性具有とかもしくは性別自体ないと思ってた)の左右の揉み上げをギュゥゥと引っ張りあげ怒り任せに怒鳴り散らした。


「お前は…何者だ…」

「あ゛あ゛ん??」


と、そこへ―――


「おいおい、朝っぱらから女に押し倒されるとは、かーっ、隅に置けねえなぁ、三蔵さまってば」

「ははははっ」

「さんぞーその女誰ー?」


よっ、妖怪!?

しかも強い!!

ただならぬ妖気を感じ、金髪の神から妖気の源へ目をやれば、そこには赤い髪の男と眼鏡をかけた青年、そして金色の瞳をした少年が立っていた。


…人間?

そう見た目は人間。


なのに気配は人間のそれじゃない……!!


「あんたら何者!?」

「てめえが何者だって聞ぃてんだよ!」


と私にマウントポジションを取られている彼が叫んだが、そんなのはとりあえず無視で。


「何者と言われましても…」

はははと困ったように頬をかく眼鏡。


「あんたら妖怪でしょ!!」


さっと三人の表情が変わる。


「てめっ、なぜそれを」

赤髪が、ぐっと体勢を低くした。

「二十四時間体制で妖怪退治させられた私を誤魔化せられると思ってんのか!」


私は懐から数枚霊符を取り出した。


「なっ、なんだアレ!?」

金目が慌てながらも、空中から細長い竿竹みたいなものを取り出した。

…取り出す?

違う、あれは召喚したんだ…。

チッ、武器を召喚できるなんて、こんな妖怪もいるのか…!

私はぎゅむと金髪を踏みつけながら起きあがり(ぐおっと下から聞こえた)、呪文を唱え霊符を放った。


「妖怪めぇーっ!くたばりやがれぇーっ!!」


ダーツの矢のように空中を滑る霊符は彼らに行きつく前に炎や雷の大蛇へと変わる。



「いけない!みんな伏せて!!」

眼鏡が手をかざす。

コンマ2も経たないうちに、バァァァーン!!とすさまじい爆音。


「やったか…」

もうもうと砂煙がたつ。

しかし、そこにはさっきと同じ数の人影があって……


「残念ながら、やられてませんねえ、僕ら」

「へへんっ、八戒の気功ナメんなよ!」

「これから遠足だって時に怪我しちゃ敵わねえからな」

「遠足じゃねえって何遍言えば分かるんだ」


後ろからの声。おそらく立ち上がった金髪の声だろう。

今は妖怪三匹から目を離すわけにはいかない!




「お前さっき三蔵のこと殴ってただろ!?」

「今度はこっちの番ですかね」

「女をぶっ飛ばすのは趣味じゃねえが…」


再び私が霊符をかざしているのを見て、赤髪は、やれやれと薄く笑った。


「そちらさん、ヤル気満々なのね」


「余計なおしゃべりはそこまでだ!くらえぇーっ!哈ァァァッ!」


私がさっきの倍の霊符を放ったのと、


「伸びろ、如意棒ぉぉーっ!」

「うらぁ!!」

「はぁぁーっ!!」


赤い竿竹が超高速で伸びてくるのと、三日月の鎌が先にくっついた鎖みたいなのがジャラァって飛んでくるのと、凄くデカイ気功の波動砲が襲ってくるのと……



「てめえらやめろぉぉーっ!!」


金髪が叫び声をあげたのは……同時だった。





「おいっ、大丈夫か!?」

ぼやける意識。うっすらと目を開ければ、紫色の瞳があった。


…紫。


江流と同じ…。


どことなく、顔も似ているような…?



そこで私の意識はブッツリと途切れた。





****
*****
******



「……チッ」


地べたに身を横たえる少女が気絶してしまうと三蔵は如何にも不機嫌そうに舌打ちをした。


そろそろと悟浄、八戒、悟空の三人が近づく。

なんとなく話しかけるのを気負ってしまうのは、先刻三蔵がこの少女を庇う仕草を見せたからだろう。


三人の攻撃が少女に当たる間際、三蔵は彼女の前に両手を広げ立ちふさがった。

それに気が付いた悟空と悟浄はそれぞれ武器の方向をギリギリで転換し事なきを得た。

そして少女の手から飛んできた紙の力と八戒の気功砲が相殺し、その衝撃風で彼女は地面にしたたかに身を投げたのだった。一般人より遥かに戦闘力の高い四人さえも受け身を取りながら転がったのだから、腕力も体力も無さそうなこの少女が気を失ってしまうのは当然だろう。



「で、こいつ誰?」

しゃがんで少女の顔を覗きこんでいる三蔵に、ようやく悟浄が口を開いた。


「こっちが聞きてえよ」

案外、ふつうに返事が返ってきた。


「なあに三蔵さま、名前も知らねえ女とこーんな街中でヤッてたのぉ?」

「てめえと一緒にすんなエロ河童」

「じゃあ何だって言うんですか?」

「この女が勝手に殴りかかってきたんだよ」

「ははーん、お前、この子に昔手え出して、」


ガウン!と銃声が響いた。


「てめえ!銃砲で返事すんじゃねえよ!」

「…三蔵?」


八戒が訝しげに声をかける。

三蔵はさっと銃を仕舞うと、少女の方へと手を伸ばしていた。



「おっ、おい、やめ、」

悟浄はさっき銃口を向けられたことを一瞬で頭から追い出し(三蔵の銃砲が火花を吹くのは慣習のようなものだし)、焦りだした。

三蔵のことだ、相手が少女であろうとも容赦などあろうはずもなく―――あんだけ一方的に殴られたのだから顔面パンチの一発や二発かましてもおかしくない。
女好きでお人よしでナンパ師の悟浄としては目の前で少女に何かされるのを黙って見送るわけにはいかない。


だがその予測は呆気なく裏切られた。


三蔵は地面に投げ出された少女の体の下に手を入れ、背中と膝の裏に腕を通し軽々と持ち上げた。細く見える体躯は実は一切無駄な肉がないからで筋肉質なのだ。少女一人を持ち上げることなど容易いことだろう。


その光景に、三人は呆気にとられた。


「…えっ?」

悟空が間の抜けた声を発する。
八戒はただひたすらに苦笑い。

女に自ら進んで手を貸すなど、三蔵のキャラクターとは余りにかけ離れている。
どちらかといえば、というか普段は完全に悟浄の役目だ。
当の悟浄は呆気にとられてしまって、はぁ?の形で口を開けたまま。


三蔵は少女を抱きかかえ、その場を去ろうと三人に背を向けた。


「ちょ、ちょっと待てよおい!」

悟浄の声に三蔵は首だけ捻って三人に視線を向ける。

「なんだ」
「な、なんだって…」

何故その女を助けるのか、その女は知り合いなのか、つーかお姫様抱っこなんてテメーのキャラじゃねえだろうが俺に譲れだとか、諸々の言い分を押しのけて悟浄の口から出てきた言葉は、


「その女、どうすんだよ」
「俺が自分の手の中にあるモンをどうしようが、俺の勝手だろうが」
「てーと何、そのコはお前のモンだとでも言いたいワケ?」

返事はなかった。三蔵は少女を抱き抱え、すたすたと去っていく。


三蔵の背中がすっかり小さくなると、ぽつりと悟浄が漏らした。


「どう思うよ、アレ」

「さぁ、僕からは何とも」

「ホントに知り合いじゃねえのかなー?」

「でもよお、いっくらまたがられてたっていえ、女の力だぞ?いっくらでも振り払えんだろ」

「それを敢えて殴られ続けたってことは…」

「対して痛くなかったんじゃねえの?」

悟空の無邪気な回答に、八戒はため息をもらした。

そして悟浄の言い返しにより、

「だーからてめえはガキなんだよ!」

「なんだとこのクソ河童ぁ!」


二人の喧嘩がいつものように始まった。


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