ニシヘヒガシヘ
針路確定
「起きろ」
ぺちぺちと頬を叩かれる。冷たい手だ、と思った。
な、なにがどうなってんだ…っけ…
ゆっくりと目を開け、数度瞬きをする。
そして目が慣れないという理由ではなく、今ここにいる場所が薄暗いのだと気づいた。
青い…どこ、ここ…。
視線をずらせば、そこには気を失う前に見た紫色の双眼があった。
こいつ、なんだっけ、神様でいいんだっけ?
「ひざまずけ。三仏神の前で非礼は許されん」
さ、さんふつしん…?
で、ひざまずけとな…?
とりあえず神様の言ってることだし一応言うこと聞いとくか?
私は硬い石の床に寝転んでいたようで。
ぐっと力を入れて起きあがった。
きょろきょろと当たりを見渡せば、だだ広い石造りの部屋。
部屋…と呼ぶのか、構内と呼ぶのか…。
ただ、ここが普通の空間ではないことだけは確かだ。
サンクチュアリ、聖地、だ……。
この世でもあの世でもない、そんな感覚。
古代からの神が祀られている神社へと出向いたことがある。
そこでの感覚と全く同じ……。
「ここは…」
一体どんな場所なのか、と問おうとしたところで、
大きな二つのかがり火が数十メートル離れて青白く灯り、その間には水面のようなスクリーンがあり、そこに巨大な人の顔が三つ、浮かび上がったのだ……。
「ぎっ……」
ぎいやぁぁぁぁーーー!!
数珠!塩!!
「馬鹿、早く跪け!」
隣を見ると、彼は綺麗な姿勢で片膝を立てていた。
「だ、だって、あれ…」
あれ……?
余りの容貌から妖怪?魔物?あやかし?
などと一瞬思ったが、邪気は全く感じられない。
それどころか神聖な気が漂っている。
確かさっき、さんふつしん、って言った。
――――三仏神。
私は納得し、慌てて片膝をついた。
「玄奘三蔵、その者は?」
真ん中にいるオッサンの首が言う。
「はっ。この長安の町はずれで倒れておりました」
金髪の彼が凛とした声音で答えた。
…ちょっと待てよ。こいつ、玄奘三蔵…って呼ばれた?
神様とかハッタリじゃねーかァァ!!
が、三人の仏の前である。ここで喧嘩を吹っ掛けては空気読めないでしょうの刑に処される。
私は大人しく話の流れに身を任せた。
左の女性の首が私を見た。
「ふむ。そこの者、お前は何者だ」
なんてドストレートな…。口の端っこを引きつらせていると、
ついで右の女性の首が、
「お前は術者だな。それに桃源郷とは別の“気”が流れている」
と男の声で言った。
…男性、女性、中性か。
そしてやっぱ仏のことだけはある…私のことなんてバレバレですか…。
「正直に申し上げよ」
「玄奘が連れてまいったのも、そなたの異風のせいであろう」
追い立てられ、私は正直に言った。
聖天経文に吸い込まれ、異空間からこの地へ飛ばされたのだ、と…。
「ふむ。それで砂漠を彷徨い、この長安へ辿り着いたのだな」
「はい」
簡略に説明したため、何となく光明三蔵のところでひと月ほど世話になっていたことは言いそびれてしまった。
「そなたは元の世界へ戻りたいか?」
オッサンの首が口を開いた。
「はい(当り前だろうがよ)」
「しかし、そなたが媒介したという聖天経文、それが今行方不明なのだ」
……は?
ちょ、ちょっと、ええ!?
光明様が持ってるんじゃないの!?
どういうことなのかと説明を求めようとすれば、中性にけん制された。
「そなたの主張はわかる。だが、こればかりは致し方ない」
「それに、どこにあるのかという目ぼしもついておるのだ」
と女性の仏さま。
ま、まじか!!
それ早く言えよーー!!
すがる様な気持ちで三人を見上げれば、ごほん、と一つ咳をして中性が言った。
「この地より遥か西…天竺で、牛魔王蘇生実験に使われている恐れがある」
天竺。
その言葉で、ようやく思い出した。
玄奘三蔵。
天竺。
経文を取りに行く旅。
で、牛魔王ってかい……。
―――とうとうここが、本物の西遊記の舞台…ってワケ?
あーっ、この金髪のタレ目の兄ちゃんが三蔵法師だったんだ…。
がくっと力が抜ける思いだった。
「ところで異邦の者よ、そなたの法力は只ならぬものであると、今もなお伝わってくるが」
「実際の力量はいかほどだ?」
…何すか、その質問。
「先刻、猪八戒、沙悟浄、悟空と対面しまして、今ここにいる次第です」
と玄奘三蔵。
さっきの三人が、かの有名な妖怪だったんですか…。
そーいや如意棒っつってたわ。
「見たところ外傷はないな」
「つまり、あの三人に負けず劣らずの力量であるということか」
「異次元に飛ばされ、こうして平常心を保っているのを見れば精神力もさぞかし強いであろう」
って、なんか三仏神の間だけで話が進んでるんですけど…。
「異邦の者よ、名は?」
「宮野姫子です」
ぴくり、と隣で玄奘三蔵が僅かに動く気配がした。
…気のせい?
「宮野姫子よ、その隣にいる玄奘三蔵は天竺へと旅立つ時分だ」
「牛魔王蘇生実験の阻止、もとい聖天経文の奪還が目的である」
「そなたも同行するがよい」
なっあぁ……
「いやいや、だって、この人が聖天経文持ってくるんでしょ?そしたら私ここで待ちますって」
「あの三人にも引けを取らない者が一人増える。玄奘三蔵、そなたにとっても心強いであろう」
おいーっ、無視かよ!
そしてそういうことですか!私はパーティの補強ってことですか!
玄奘三蔵は俯いたまま、小さく「御意」と呟いた。
「いやちょっとマジで勘弁してくれません?
うち神道なんですよ、仏教じゃないんですよ。
だから仏様の言うこと聞いたら、じっちゃんに何言われるか、」
「行くぞ」
立ち上がり、私を見下ろすその目には有無を言わさぬ威圧感があり・・・・・
「行かせていただきます」
とすかさず口走っていたのだった。
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