ニシヘヒガシヘ

良い女、良い男
シュンレイさんとパンおばさんの用意してくれたお布団はふかふかで、かったいジープの座席とは天と地ほどの違いで夢も見ずに気持ちよく睡眠を貪れた。

その深い眠りから突然目覚めた。


「起きて―!!」


びくぅっ!と痙攣して目をぱちぱちさせる。
な、なんでしょう、砂漠の疲れにどっぷり浸った睡眠を一気に目覚めさせる今の大声は…。

目をこすりながら体を起こすと、パンおばさんが肩で息を切らして戸口に立っていた。


「何〜めしー?」

悟空があくびを噛み殺しながら言う。

が、そんな呑気なことを告げに来たのではないと、パンおばさんの殺気だった様子からわかった。案の定、次にパンおばさんから発せられたのは、



「大変だよ!シュンレイがいなくなったんだ!!」



………事件です。





―――
――――
―――――


今朝村を襲ったという妖怪たちの中に、シュンレイさんの恋人、ジエンと似た姿の妖怪がいたんだとか。そして、その妖怪を追ってシュンレイさんは家を飛び出してしまったのだ。



「ったく、何考えてんだよシュンレイは!」

林の中をかけぬけながら悟空が言う。私たちはパンおばさんの報告を聞くやいなや部屋を飛び出し、シュンレイを追っている。女性一人で村を襲うような妖怪のグループに接近するなんて危険極まりない。

けれど、そんな危険を顧みず、彼女は・・・


「ガキにはわからんさ、ガキには!」


と三蔵が悟空の横を併走する。

この台詞を三蔵が言いますか…。


「坊っ主にっ乙女心がわかるってのも…ぜえっ…あんま聞かないけっど…ぜえっはあ…」

「何を言うか貴様……って、」

「姫子遅ぉーっ!」


彼ら四人から遥か後方に引き離された私を振り返り、三蔵に続いて悟空がたまげた顔で振り返った。
私は息も絶え絶えに足取りもへろへろに四人を見返す。

悟浄がげえっと顔をしかめ、


「姫子ちゃん鈍足すぎんだろ!」

「牛のベコより遅いです!」

と八戒。
いや足遅いのはわかるけど!

「ベコって何!?」

「チッ!俺たちは先に行く!てめぇは適当に帰れ!」

適当にって、えええ?

「姫子じゃ〜な〜!」


爽やかに悟空が片手を上げた。


「えっ、ちょ、待、」

私が待ってとか言い終わる前に、足の速い彼らはあっという間に小さくなっていった。


「この薄情者ぉ――っ!」


うっそうとした林の中、私は慣れない全力疾走でへろへろになり一人取り残された。




「くぅーあいつらー…」

つ、つかれた…もう駄目だ走れない…。

私は諦めて、ずざあっと草の上に大の字になって寝転んだ。

鳥の鳴き声が頭上から聞こえる。こんな平和そうな土地でも妖怪が襲ってくるんだ…。

ふっと今朝眠りの途中で起こされたのが今になってたたり、目を閉じそうになる。
上まぶたと下まぶたが付きそうになったとき、



「キャーーーー!」


叫び声!シュンレイだ!!


がばっと起きあがり声のした方へ駆ける。そんなに小さな声じゃなかった。ここから大して遠くないはず!



「シュンレイ!」

茂みを抜けると、大木に追い詰められ腰を抜かし怯えているシュンレイと、彼女を見下ろしニヤニヤと笑っている妖怪が三人…。
明らかにシュンレイが襲われていると見て取れるこの状況。どうやら彼女の恋人はこの中にはいないらしい。


「シュンレイ大丈夫!?」

私はシュンレイの肩に手をかけ身を屈めた。


「姫子さん!」


彼女の目にはうっすら涙が。
…妖怪どもめ……。


立ち上がり妖怪たちを睨んでやる。

妖怪たちは、む、と眉を上げた。


「なんだこの女は」

…なんだこの女は、だって?



「なんだこの女はと聞かれたら答えてあげるが世の情け」


…ってしまったぁ!つい某ロケット団の台詞がぁぁ!!


「変な女」

銀色の髪の妖怪が言った。


「うるせー!」

イラっときたので私は霊符を放とうとブレザーの胸ポケットを探った。

…のだが……。



(……ない)



霊符が、ない!!



(ストック切らしたァァ!!)


そうだ、ここに来るまで確かに何組かの妖怪に襲われた。三蔵の肩にかけている経文、それに妖怪たちの間で懸賞金がかけられているらしく狙ってくるのだ。だれが懸賞金をかけているのかはしらないけど、おそらく牛魔王サイドだろう。で、その襲い来る妖怪たちを始末していくうちに、霊符はぼろぼろになり、どんどん使い物にならなくなっていくわけで。その度に三蔵から半紙と墨を貰って書き溜めてたんだけど、今その三蔵はいない……。
ずっと使っている朱瑛から貰った筆はポケットにあるけれど、墨と半紙がなければ意味がない。


(くっ…もっと書きだめとくんだった……)

今更後悔してもどうにもならない。


「おい、どうした?」

「そうだよなあ、人間の女じゃ俺たち妖怪に手ぇ出せないよなぁ」

妖怪たち三人の高笑いが響く。


くっ…何もできない……。

ぎりっと歯をかむ私にシュンレイが心配そうに声をかけてくる。

「…姫子さん?」


…正直、めっちゃ逃げたいんですけど……。

私はシュンレイの不安そうな瞳を、ぐっと見つめ返した。

ここまで突っ走ってしまうほど愛しい恋人への想いを、その奥に見た気がして……

私は妖怪たちと対峙しながら、ばっとシュンレイの前で両手を広げた。


―――腐っても私は霊能力者なのだ。妖怪から一般人を守らないでどうする…!




「ははっ、おもしれえ!」

「まずはお前から殺してやるよ!!」


長い爪をむき出しに妖怪たちが飛び上がった。


「いやあぁぁぁーー!」

シュンレイが叫ぶ。

私はぎゅっと目を瞑った。


ええいままにと思い、来るであろう鋭い痛みに身構えた。けれど、いつまでたってもその予想は実現せず………


恐る恐る目を開ければ……


「ぐっぁ…」


ばったりと銀髪の妖怪が倒れた。くっきりと顔に靴跡を残して…。
それを見た他二人の妖怪が、ひいっと後ずさる。


靴跡を付けたのは……


「シュンレイ!大丈夫か!」
「大丈夫かシュンレイ!」


悟浄に悟空…。


そして、ぱちぱちと手の叩く音。

「いやあ、お見事」


その隣で腕を組み頷く法衣の男。


八戒に三蔵もいる……。



「シュンレイさんがご無事で何よりです」

にっこり笑って八戒がこちらを見た。


っていうか、さっきからさあ……

「私の心配は無しかーい!!」

「お前のような阿婆擦れ何があろうと心配ない」

ばっさり三蔵が言った。

きぃーっ!!
私決めましたよこれ。元の世界に戻ったら、三蔵法師が徳の高い心優しき人とかアレ嘘だからって絵本出版社に言ってくるからマジで!!

むがががと地団駄を踏む私に三蔵が口を開いた。


「大体、お前の霊符があればこんな雑魚ども簡単に始末できるだろう。なぜここまで追い込まれた」

「霊符のストックが切れてるの!あ、だから半紙と墨ちょうだい」

右手を差し出せば、呆れたように三蔵がポカンとした。

その隣で八戒はポンと手を叩き、


「あーだからシュンレイを体で守ろうとしてたんですね」

はいはい、その通りですよっと。

八戒に頷いて見せれば、何やら三蔵の様子がおかしい。さっきまでのポカンって表情が見る間に苛立ちと怒りに変わり……


「こンの馬鹿女―――!」

スッパーーン!とハリセンが頭に叩き落とされた。
アイター…!!


「いったいなぁ!それ音も相当すごいけど痛みも相当あるんだからね!自重してよ!」

「うるせえ!帰るぞ!!」


この男…何がそんなに気に食わないんだ……。

くるっと三蔵が背を向ける。

すると、



「ちょっと待ちやがれーっ!」


いつのまに精神的ダメージから復活したのか、妖怪三人が私たちに指を突き立てファイティングポーズをとっていた。
どうやらやる気らしい。



「大体お前ら何者だ!」


それを聞いてくるってことは、三蔵の経文が目当てではないのか…。

三蔵は妖怪たちに興味が無さそうに、

「牛魔王の手下ではないようだな。行くぞ」

と言い捨てた。

妖怪たちはその言いぐさに怒りを覚えたのか、罵声を浴びせようと大きく口を開けた。

が、妖怪たちが何か言う前に、


「ねえ、ジエンを、ジエンを知らない!?」


シュンレイ……。

シュンレイは立ち上がり、せがむように妖怪たちを見た。

「銀髪なの!あなたのほかに銀髪の妖怪はいない!?」


シュンレイの恋人は銀髪なのか…。

妖怪たちは自分たちに勝ち目がないのが気に食わないのか、不機嫌そうに彼女を見返し、


「知らねえよ。ここらで銀髪の妖怪は俺だけだ」

けっと言った。

それを聞きシュンレイは、


「そう……」


悲しげに俯く。

私はたまらずシュンレイの肩に再び手を乗せた。


「シュンレイ、帰ろう」

「…ええ」


力なくうなずいたと思えば、彼女はその場で膝を崩してしまった。


「シュンレイ!?」

ぐっと彼女を支えようとしたが、非力な私には荷が重い…。

すっと脇から手が伸びてきて、私の代わりにがしっとシュンレイを支えた。


「気を失ってしまったようですね」

八戒の腕だった。


「早くシュンレイを寝かせてあげなきゃ」

「ああ」

悟浄がうなずき、ぞろぞろとその場を去ろうとしたところ……


「こらてめーら!シカトこいてんじゃねえーぞ!」


かなり怒ってますねえ、妖怪さん…。


「大体そこの赤毛のオヤジ!聞いたことあるぜ!てめー妖怪と人間の禁忌の子なんだろ!?」


………禁忌の子。

その言葉に思わず私たちの足が止まった。


「下の毛も真っ赤なんじゃねえの?見せてみろよ、ハハッ」


何この悟浄を馬鹿にした態度。
どれだけ悟浄がそれで苦労してきたかも知らずに…。


「あんったらねえ!」

むかつきで胸が満たされ、私は妖怪たちに向き直り彼らを睨んだ。


それは私だけではなかったようで……


「それ以上は言わない方がいい」

「悟浄が黙ってても」

「俺たちが許さねーぞ!」

三蔵に八戒に悟空。三人もまた、妖怪たちにそれぞれ武器を掲げていた。
八戒に至っては、ちゃっかり木の根元にシュンレイを降ろしている。


「ほらよ」

三蔵は妖怪たちから目を離さず、手だけ動かして私に何かを寄越した。
一枚の半紙と墨の小瓶だった。

「サンキュー」

私は筆を取り出し、嬉々として半紙にまじないを書きつけていく。


銃を向ける三蔵に、気功のポーズを取る八戒。悟空が如意棒をかざし、私はたった今書き上げた霊符を人差し指と中指に挟めて掲げる。
その様子に、ぐっと息をのむ妖怪たち。

後ろからは、

「ははっ、ホント、変な奴らだよ、お前らは」


悟浄…。



「ちぃっ!いいからやっちまえーー!!」


妖怪たちが動いた。

私は霊符を発動させようと経文を唱えだしたのだが……



「なぁに、そんなに興味あんの?真っ赤っ赤」


悟浄の錫杖が華麗に舞い、妖怪三人をあっという間に滅してしまった…。


屍と化した妖怪どもを置き去りに、私たちはシュンレイを家に送り届けようと今一度、歩き出したのだった。




―――
――――
―――――



もう見慣れつつある砂漠の荒野。ジープのタイヤを回し西の最果てを目指す私たち。

「つーことはぁ、シュンレイの恋人は悟浄の兄貴じゃなかったってこと?」

と悟空。

「ああ。兄貴は銀髪じゃない」

「そっか…。でもさ、シュンレイたち、私たちが牛魔王蘇生実験を止めさせれば、きっと幸せになれるよね」

そういうふうに、悟浄はさっきパンおばさんに言ったのだ。
せめてシュンレイが起きるまでと引き留められたのだが、彼女らの幸せのためにも自分たちは西を目指しているから、と、悟浄は微笑って言った。


「んああ。あーだけど残念だなぁ」

「何が?」

ん?と悟空が聞き返した。


「良い女にゃ必ず男がいる」

「ははっ、姫子さん別に良い女ってわけでもないですもんねえ」

「八戒あんたねえ、」

「で、良い男は?」

あっさり無視だよ八戒…。

悟浄は、ふっと夕日を見上げ、


「西に向かって荒野を旅してるもんさ」


なーるほど。


「よーし、座布団一枚!」

三蔵の声が高らかに響いた。


なんだか珍しく和やかな雰囲気になったところで三蔵が口を開いた。


「姫子、良い女とはなんたるか教えてやろうか?」

「興味ナッシン、」

グっと言いかけたところで顔に何かが飛んできた。

ぶっは……

「…何これ」

「見てわからねえか?半紙と墨」

さっき使って一旦三蔵に返したやつだ。
ただ違うのは、半紙が…これ何枚あるんだよ…かるく三百枚くらい……。


「まさかこれ全部霊符書けと?」

「そのまさかだ」

「はぁっ!?何やらす…」

「いいからやれ。殺すぞ」

がちゃんと銃口が私の額に向いた。



「やらせていただきます」

「それでいい」

三蔵は頷くと銃を仕舞った。

ははっと苦笑する八戒。


「くっそぉ……」

「今日中にやれ。じゃないと殺す」


鬼畜――!!!

悟浄と悟空が、ぽんと私の肩を叩いた。


こうして、ふかふかの布団で寝られた昨夜とはうってかわって、私は一晩中霊符と格闘したのだった…。


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