ニシヘヒガシヘ

綺麗な毒にご用心@
ジープで砂漠を旅すること早一か月。
三蔵の経文目当てに襲ってくる妖怪は星の数。
そして、その妖怪のどれもが事切れる間際……

『紅孩児様ぁーっ!』



―――
――――
―――――



「ねえ、紅孩児って誰?」

砂漠の海で、海に浮かぶ無人島のように時折ぽつりと現れる街。そんな街に点々と滞在しながらこの旅は進んでいる。
今日何日かぶりに着いた街では一件の酒場があった。迷うことなくそこに入ってくこの集団に頬を引きつらせることしかできない。

テーブルに席をとるやいなや、煙草を吸いだした三蔵と悟浄にこの二人が私の世界にいたら煙草の値上がりで国会議事堂に銃と錫杖で乗り込むに違いないとか思いながら、さきほどの疑問を口にした。

三蔵はふーと煙を吐きながら、


「牛魔王の息子だ」

「そうなんだ。ということは、父親を生き返らせたいから、こうやって蘇生実験に必要な経文を集めてるってことか」

「さあな」

「さあなって…」


それしか考えられなくない?

腑に落ちない私の表情を見てか、三蔵はさらに言葉を紡ぐ。


「第一、何の統率性もとれていないはずの妖怪たちが組織的に俺たちを狙ってくることじたいが不自然なんだ」

「そこはやっぱり妖怪の王様牛魔王の息子の命令だからなんじゃない?」

「果たしてそうなのか…」


深刻そうに三蔵は灰皿に灰を落とした。
八戒も三蔵の重苦しさにつられるように腕を組み、テーブルに目を落としている。

私も悟浄も、うーんと唸ったとき、一人だけ、


「もう何でもいいじゃん!とにかくメシ食おうぜー!」

悟空がメニュー片手に狭いテーブルで暴れるように両手を振った。



「ったく、この猿はよぉ…」

「うっせエロ河童!腹減ってんだよ!お姉さーん、注文…」


と悟空がウエイトレスを呼ぼうとすれば…



「きゃあああ!」


ウエイトレスのお姉さんは酔った客に尻を触られ悲鳴をあげていた。
ピンク色のチャイナドレスを着たウエイトレスのお姉さんはボンキュボンのグラビアアイドルみたいな体系で、顔もうるんだ瞳がこぼれそうに大きな美女だった。
そんな彼女にいやらしい気分になるのは仕方がないにしても、それを実行するって……


「最低…」

思わず呟けば、顔の横を銀色の何かがヒュンと飛んで行った。


「いでぇー!」

その何かとは灰皿で、見事にセクハラ客の額にぶち当たった。

灰皿のとんできた元を視線で手繰ると悟浄と目が合う。悟浄は悪戯っぽくウインクを投げてよこした。
そうか、悟浄が灰皿投げてあの子を助けたんだ。
私は小さく微笑んで悟浄の功績をたたえた。

灰皿をぶつけられたのが気に食わなかったのか、酔っ払い客は喚きだしたが、そこへも…


「お姉さーん!こっち注文お願ーい!」

悟空の大声に、はい!と返事をして、美人なお姉さんは酔っ払いを振り払って駆け寄ってきた。


「お待たせしました。ご注文をどうぞ」

にこっと笑って注文票を広げるお姉さん。そのとき私の第六感がざわりと動いた。


(…妖気?)


そんなまさか…。どう見ても彼女は人間だ。耳も尖っていないし、模様もない。きっと同じテーブルに妖怪が三人もいるから、そう感じただけだろう。


「えーっと、カニシュウマイと小龍包とジャージャー麺と海鮮チャーハンと回鍋肉と棒棒鶏と…」

「っとに黙れ猿!」


いつまでも注文を繰り返す悟空に悟浄は一喝し、灰皿を追加して注文を終了させた。

お姉さんは、はいと頷いて厨房に去って行った。彼女は灰皿を投げたのが悟浄だと気付いただろうか…?


「で、さっきの話の続きだが、」

と三蔵が口を開きかければ、


「お待たせしましたー!」

早っ!

ものの数分もしないうちに料理が運ばれてきて、がくりと力の抜けた私たちだった。

しかし悟空は、

「うーまそう!」

湯気の立つ料理に目を輝かせる。


「難しい話してもしょうがないしご飯にしようよ…」

「そうですね…」

とそれぞれが箸を手に取ったとき…


「いやあぁっ!」


また悲鳴!?


「いいじゃねえか、俺たちと一緒に飲もうや」


さっきの酔っ払いが今度は数人がかりでお姉さんを取り囲んでいた。

…くぅ、もう許せない!



「もう離してくださいっ!」

「なに固いこと言って…あっちぃぃ!!」


私はお姉さんの腰に手を回していた男の背中に炎の霊符を飛ばした。
背中に焼け焦げを作った男が飛び上がりながらきょろきょろしだす。


「なっ、何だあ!?」

「そこの下衆ども。さっさとその綺麗なお姉さんから離れなさい。でないと火だるまにすんぞ」


あー腹立つ。


「何だこの小娘は!まずはテメーからやってやろうか!」


うっわーまた別な酔っ払いが前に出てきたよ。
赤ら顔でこっちを睨んでくる。しかしすぐさま苦悶の表情に変わった。


「あででででえっ!」

「八戒…」

八戒が男の腕を後ろから笑顔でひねっていた。


「止めた方がいいですよ。ここら一帯、火の海になっちゃいますから」


どんな状況でも笑顔を絶やさない八戒。それがいいところでもあり、周囲から恐れられる原因でもある…。


その八戒の恐ろしさにまるで気が付かないのか、


「この野郎!タダで済むと思うなよ!」


…なんて元気のいい酔っ払いなんでしょう……。

なかば呆れていれば、テーブルに座ったまま足を組んでいる悟浄が代弁してくれた。


「随分と威勢がいいねえ。まーた灰皿くらいたいの?カッコーンって」

悟浄は額の上で指を振った。まるで額に何かが当たるように。

それを見た酔っ払いはすべてを悟り、アルコールでない原因で顔を真っ赤にさせた。


「さっきの灰皿はテメーだったのか!!」


怒ってますねえ。こいつ自分が最低野郎だって自覚なし?

私のその見解は見事にあたり、その証拠に酔っ払いは怒りで顔を真っ赤にさせたまま、私たちのテーブルをひっくり返した。美味しそうな湯気と匂いを放っていた料理が薄汚れた床にばらまかれた。悟空が悔しそうな悲鳴をあげる。


「あーあ」

私は悟浄の隣にたち、無残に生ごみと化した中華料理を見下ろした。

が、床にあるのは生ごみと化した中華料理だけでなく……


「てめえら…絶対にやっちゃいけないことをやったな…」


悟空が床に這いつくばり、中華料理だったものに涙を落とした。
…どんだけ……。

今更特筆することでもないが、彼の食に対する執念は、それはそれはすさまじく……


「ぜぇーったい許さねえ!!!」

酔っ払い集団を涙目で睨むと悟空は如意棒を召喚した。

戦闘する気マンマンな悟空を見て酔っ払いたちの士気があがる。


「ははっ!やっちまおうぜー!」

「臨むところだ!うおおおおー!!」


一人の酔っ払いと悟空が掴みあったのをきっかけに、両者の乱闘が火ぶたを切って落とされた。




「いっくぜ姫子ちゃーん!」

「おうよぉ!あんな美人にセクハラしやがるゲスは許さーーん!」


悟空に続き酔っ払いに突っ込む私と悟浄。視界の隅で、三蔵が呆れ顔をしてたのと八戒が苦笑していたのは見ないことにする。そして店主が「お客さーん止めてええ!店が壊れるううう!」って叫んでたのも聞いてない。



「死ねクソ野郎ぉぉ!」

雷の霊符を放つ。酔っぱらは電気ショックを当てられたように、呻いて体をはねさせた。

「このアマァ――!」

「ヘタなスタンガンよりよっぽど効き目あるからね。さー、今度は口にしばらく麻痺が残るようにして、その汚い口を塞いでやる…」

と得意になっていたら…


「この小娘がぁー!!」


はっと後ろを振り向けば酔っ払いBが椅子を抱えてこっちに突っ込んできていた。
ひぃーやばい!
なんせ私はキックとかパンチとか受け身とか…まあそういう力技が一切使えないのだ。
おまけに霊符を発動させるだけの時間も…あるはずない…!
すぐ眼前にせまりくる椅子…

なすすべもなく、あーやられると思った瞬間、銃声とともに木製の椅子が粉々に砕け散った。


「鈍臭えったらありゃしねえ」

振り向けば三蔵がムカつく台詞と共に銃を向けていた。



「あんたさ、もっと親切に助けてくれることってできないわけ?」

じゃないとお礼もまともに言う気になれなんですけど…。


「くだらねえ。なんで俺がてめえに、」

「うおらぁっ!」

って、さっき椅子振り上げてた奴――!が今度は素手でこちらにー!!

げえっと後ずされば、すかさず三蔵が私の前に出て男に足払いを食らわせた。
すっと私の前を横切った一瞬、彼からはエスニック系のお香のようなお線香のような、なんだか良いカオリがした。
法衣に染みついてるのかしらと思いながら、私はぶつぶつと数秒かかって経文を唱え霊符に力を与え、三蔵の雪駄を顔にくらって押さえつけられていた男に張った。『縛』の霊符だ。


「もういいよ」

これで男の自由はもう利かない。

三蔵はふらりと男から離れた。


「ありがと」

「チッ」


こいつめ……。お礼言って舌打ちされたのなんて人生初なんですけど……。


「だからさぁ―」

文句の一つでも言ってやろうと思えば、急に口が回らなくなった。


「っつ…頭痛ぁ…」


キィィンと金属音が頭に響く…。そして、つんと鼻をつく匂い…どこからか煙が充満しはじめた……。何これ……。


「くっ…目の前が暗く…」


三蔵まで苦しそうに額に手を当てる。


「何だ急に…」

「ぐあっ…」


悟浄と悟空の声に続き、


「みんな!吸っちゃダメです!」

八戒の声が遠くでした。そう、その声はとても遠くて…あまり耳に入ってこなかったみたい……。

グラっと視界が揺れて、私は完全に気を失った。



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