ニシヘヒガシヘ

それは必然にも似た
パンおばさんが私達に寝室を用意してくれた。
元々二人で住んでいた家に五人も押しかけてしまってはスペースが足りないのは当り前なわけで。
一つのベッドが窓際に据えられている。床には三組の布団がしかれ、その敷布の境界線を無視して四人が寝転がればいいということになった。

夕日が室内に差し込み、ベッドに腰かけた三蔵のふかす煙草が窓からの風で揺れて立ち昇る。私と八戒と悟空は布団に腰を降ろしていた。

悟空が枕を抱きかかえながら八戒に言った。

「なあ八戒、ジエンって何者なんだ?」

悟空はずっと気になっていたらしく、枕をかたく抱きしめている。
まあ、ジエンという人と悟浄の関係を気になっていたのは悟空だけではないけれど…。
八戒に視線が集まる。
私たち三人に見つめられ、八戒は困ったように、うぅんと唸った。

そして、

「まあ、口止めはされていませんしね」

との一言から始まり、ジエンという人が悟浄にとってどんな人物なのか話してくれた。


「もしその人がそうなら、名前は沙慈円。悟浄の兄だそうです。いわゆる腹違いの」


…そ、そうなんだ……。我が家に限らず案外どこの家庭も複雑なものなのだなあ…。



「じゃもしシュンレンの彼氏が悟浄のお兄さんだったら物凄い偶然だね。いやあ桃源郷も狭いねえ」

「…そうですね、悟浄にとっても何年振りかに会うただ一人の肉親でしょうから」


何年振りかに会うただ一人の肉親…。

あー…これ地雷踏んだかな…。


これ以上悟浄の身の内について尋ねることがためらわれていると、悟空があっけらかんと言う。


「悟浄って家族いねーのかよ?」


思わず悟空の顔を見つめてしまった。他人のけして明るくない過去に踏み入ろうとするならば、そこには並々ならぬ覚悟が必要だと思う。でも悟空は、悟浄のそれが何でもないことのように、そう、まるで朝食のメニューを尋ねるみたいに問いかけるのだ。
なんだか私は今更ながら、彼らが言葉では表せないような関係で繋がっているんじゃないのかなと思った。それに、こういうことをケロリと尋ねて、場の雰囲気をじめっと悪くさせない悟空の根本的な性格の明るさとか、も。


悟空が何でもないことのように尋ねたのなら、八戒もまた、暗ーい過去を話すようなノリではなく、世間話を客観的に語るように言うのだった。


「悟浄のお父さんと本妻のお子さんが悟浄のお兄さんだそうで。悟浄の母親は人間で、許されない恋だったとか」

「つまり悟浄の兄は純粋な妖怪ってわけだ」


と三蔵。三蔵は知ってたんだ。


「っていうと、悟浄の親父と兄ちゃんは妖怪で、悟浄は妖怪と人間、半々ってことか」


悟空が、ふーんと納得した顔になった。



妖怪と人間が半々……。マジっすか……。



「そ、そうだったんだ…」


そんなことが…ありえるのか……なんだかカルチャーショックだ。
そして、ぴーんと思いつく。悟浄の、何も留められていない耳とか、腕とかを。

そうか、半分人間の血が入っているから、妖力制御装置が必要ないんだ……。

まあ、日本にも雪女に代表されるように、人間と妖怪が夫婦になる話はいくらでもある。それでもやはり、それが現実に起こりうるのかと思うと…いや、私の現実ではなくて不思議の国桃源郷なんだけど…その不思議の国に今自分が存在しているのだと改めて思い知って…なんだか今にも脳みそ沸騰しそう……。





「悟浄はそれでなかなか苦労したそうですよ」

「…それは…苦労するだろうね…」


私は喉の奥から絞り出すようにそれだけ言った。
安倍清明も妖狐と人間の子供と言われているけれど…私が文献で知る限り、大抵は成人する前に人々に恐れられ殺されてしまったり、何らかの異常状態が見られ死んでしまったりという記述がまま見られた。
悟浄が今ああして健康的にいることを考えると、私の知識とはまた違った苦労なんだろうけど、それに準ずるものであることに違いは無さそうだ。


八戒は神妙にうなずいた。


「人間と妖怪の子…僕たちの世界では禁忌の子と呼ばれています」

「「禁忌の子?」」


私と悟空がきれいにハモった。
私はこの世界に来て間もないから、当然、“禁忌の子”なんてワードは初耳だったんだけど……


「なんで悟空も知らないの…?」


訝しげな私に、悟空は、あはっと力なく笑う。



「俺さー五百年も山に閉じ込められててさ、ほんとここ何年かなんだよな、こういう普通の生活してるの」


ごっ…ひゃくっ……


「エェェェーッ!!??」


私は思わず布団の上で立ち上がっていた。


「嘘!」

「嘘じゃねえよ」


すぱーと煙草の煙を吐きながら、面倒くさそうに三蔵が言う。



「だって…五百年って…あー…妖怪って…寿命が長い?」

「いいや、大体人間と同じだ。だがこのサルはそこらの妖怪とはわけが違う」

「斉天大聖孫悟空。大地が生み出した伝説の生き物とさえ言われています」



でっんっせ……




思わずまじまじと悟空を穴が開くほど見つめた。

悟空は、にぱぁっと笑うだけで、どう見ても普通の少年だ。それが伝説級の生き物…?おまけに五百年も生きてるって?



「悟空って何歳なの?」

悟空は首をひねり、


「うーん、岩ん中にいたときは時間が止まってたみてえだから、十八かな?」

「十八!?」


人類学的時間換算でも私より年上かよ!


「…絶対私より年下だと思ってた」


だって仕草が子供っぽいし、なんか弟キャラだし…。


「姫子はいくつなんだ?」

「十六」

「俺の方が年上だな!!」


きゃははっと何が嬉しいのか、悟空は無邪気に笑った。


「姫子さん十六歳だったんですか。僕らより年下だとは思ってましたけど、三蔵知ってました?」

「ああ」

「そういう三蔵と八戒は何歳なの?」

「二十二です。三蔵は一つ年上」


八戒が本心の全く見えない満面の笑みで答えた。
…その貫禄というか腹黒さというか世渡りスキルと言うか…そんなんを二十二年間で身に着けたのがすげえや…。



「じゃ私が最年少か…。でも敬語とか別にいいよね面倒くさいし。ここは対等にいこう」

「…それって、ふつう僕らの方が言いません?」


いやいや、自分から言っとかないと。なんかこの人ら身分下の者をパシリとかにしそうだし。


「まあまあ。悟浄もそこらへんの年なの?」

「悟浄は僕と同い年ですよ」


じゃあ三蔵が一応は年長者ってことなんだ。だからちょくちょく“ジジイ”とか“年より”とか言われてんのね。


…にしても……。


「悟浄が……」


禁忌の子……。



私と同じことを考えていたのか、悟空が口を開いた。


「なあなあ、なんでそんな禁忌の子とか言われてんだ?」

「人間と妖怪、本来ならば交わってはいけない種族だ。自然界の掟を破ったものとして、禁忌の子と呼ばれる」

「それに禁忌の子はわざわいと運ぶと言われているんです」


わざわいって……


「それって、」

「本当かよ?」


私と悟空に続き、言葉を継いだのは、




「本当だよ」



当の本人だった。
いつの間にか、悟浄が戸口に立っていた。



「本人が言ってるんだ、間違いねえ」


自分がわざわいをもたらす存在であると、からりと笑って言ってのける悟浄。

自分のマイナスの境遇を笑って済ませられるというのは、逆に苦労してきたから身につけられたスキルなわけで…。悟浄の苦労が垣間見えたようで、私は胸が痛かった。

しかし悟浄の顔色は晴れ晴れとしたもので。
先刻、食事をいただいた部屋から出て行ったときとは明らかに表情が違っていた。
この数時間のうちに何か彼の気分を上昇させる出来事でもあったのだろうか。


悟浄はニカっと笑いながら、入り口から床に敷かれた布団を横断し、


「どけ、寝ろてめーら」


確かに、いつのまにかもう窓の外は真っ暗だ。夕方くらいから、こうしてグダグダしてたわけだから、かれこれ三時間以上こうしてダベっていたらしい。


悟浄は部屋を横切り最終的に、ぼすんとベッドに腰を降ろした。そして、そこで悠々と煙草を吸っていた三蔵が盛大に舌打ちした。



「ここは俺の寝床だ。貴様は床で寝ろ」


えー……っベッド三蔵取った――……。


「えぇ〜ッ、ずりいよ!俺もベッドがいい!」

と悟空。


「ちょっとお兄さん方、年下の女の子を床に寝かす気ですか?」

「おや、年なんて関係ないって言ったの姫子さんじゃありませんでしたっけ?」


うっ……八戒の笑顔が眩しい……(良い意味じゃなくて)。


ぐっと何も言い返せない私。と、ベッドの領地を一歩も譲りそうにない、睨みあう三蔵、悟浄、悟空。

に、八戒が、笑顔を添えて言う。


「こうしません?一番強いカードを引いた人がベッドで寝る」


…博打ですか?



「よぉーし乗った!」

悟浄が真っ先に同意した。


「フン。構わん」

「負けねえ!!」


私も特に依存はない。


「じゃ、それで」


悟浄はそれを聞くと、ベッドから降りどかっと床にあぐらをかき、ポケットからトランプを取り出した。
しゃかしゃかとカードを切る。

…なんか慣れてない?


「さあ、どれでも好きなの引け!」


悟浄はばらりと蛇腹状にカードを広げた。

私たちは床に車座になり、おのおのに手を伸ばす。



しかしまあ…この私にカードで勝負とはね……


(ひゃっひゃっひゃっ…霊能力者の私にカードで勝負だなんて正しく愚の骨頂…!
霊能力を使えばカードなんてカンでわかっちゃうもんねー!)


笑いが止まらない。それを隠すためにゴホンと咳をして、私は広げられたカードの上を指先で彷徨った。こうするとカードから発せられる気で数字の大小が脳に伝わってくるのだ。

ふふふっ…さぁーて……



「姫子、変な技使うなよ」

「なぁっ…」


ギクリと声の主を振り向く。三蔵が悪すぎる目つきでこちらをじろりと見ていた。


「そそんなまさか、そんな変な技なんて使うワケないじゃん」

「貴様、自分の顔を鏡で確かめてみろ。よこしまな念が滲みでてるぞ」

「よこしまって…つうかそんな変な技ってなんのことですかサッパリ心当たりありませんけど何か」

「霊能力を使うなってことじゃないですか」

「じゃあ姫子カードわかっちゃうの!?インチキじゃんかそんなの!」

「インチキじゃねえよ本物だよ!!」

「それがむしろダメなんだっつーの!」


突っ込みながら悟浄が持っていたカードの束を揺らした。

ほら早くしろよとこちらにカードを差し出す。


ぐっ……。気を集中させたら三蔵にバレそうだし…。

私は己の純粋な本能を信じ………カードを引いた。






―――――数分後……。



「ギャハハハハッ!姫子弱ぇーッ!!」

「しかしまあ、わざわざいっちゃん弱いカード引けるもんかねえ」

「逆に凄いです」

「うるせええバーカバーカ!!」


私が引いたのはダイヤの2のカード…。



「俺なんてキングだもんねー!」

「数字がデカけりゃいいってもんじゃねえのよ、おサルちゃん」

悟浄はピラリとミツバのエースを出した。

「フン。これだから素人は」

三蔵はスペードのエース…。
こっ、こいつら…どれだけ悪運強いんだよ…恐ろしいわ…。



「じゃあ三蔵がベッドで決まりか…。なんだ、元からいた人じゃん、意味な…」

と私が言いかけると、


「すいません、僕、ジョーカーなんですけど」


あは、と笑いながら、八戒はカラーの塗られたジョーカーを私たち四人に見せた。


………………。


チーンとどこかで鐘が鳴った気がした。

三蔵のスペードのエースが彼の指からすり抜け、ばさりと乾いた音をたて床に落ちた。


その音を合図に、次々と勝敗の不服が湧き出た。



「やだ俺絶対ぇベッドがいいー!」

悟空は駄々っ子のごとくベッドにダイブした。


「あっテメ何勝手なことしてんだよ!」


それに続き悟浄もベッドの上へと……。


「もうさ、あれじゃない?ここまで強いカード出揃っちゃったら逆に弱いカードの方が貴重じゃない?だからもう私が勝ちってことにすればよくない?」

「何もよくねえだろうが。貴様が負けなのはゆるぎない事実なんだよ」

「あんだとコラ!てめえのその揺るぎねえピッチリハイネック部分を揺るがせてやろうかああん!?」

「ぐっ…やめっろ馬鹿女…!」

ぐぐぐっと三蔵の首を絞める。



「ちょっ、みなさん喧嘩しないで、」


と八戒が、悟空と悟浄、私と三蔵それぞれの仲裁に入ろうと立ち上がったとき、



――――コンコン。


「みなさんの着替え渇きました…」


あっ、シュンレンさん!


シュンレンさんは私たちのありさまを見ると、がきんと固まってしまった。


そのときの、この部屋は……


ベッドでは寝転がる悟空を何とかどかせようと悟浄が覆いかぶさり、床に敷かれた布団では私が三蔵の首元に手をかけ、それを退かそうと三蔵も私の方へと腕を伸ばし、八戒が両者のどちらの仲裁を先にしようかとこの二組の間―――部屋の真ん中で腕を組んで立っていて……まあ、見ようによっては……いけない方向に見えなくはなかったのかもしれない。



「わ、わたし、何も見てませんからーっ!!」



シュンレンさんは手にしていた洗いたての洗濯物の入った籠を置くと、勢いよく部屋を出て行った。


………………。


しーんと一呼吸ののち、


「オイ!これ絶対ぇ何か勘違いされただろ!!」


悟浄が叫んだ。



「阿呆らしい。もう寝るぞ」


三蔵は私の手を払いのけ、その場で横になった。


「俺もー」


悟空はとすんとベッドを下りて三蔵の左側に寝転がる。


私もそれに倣い三蔵の右側の布団に入った。ごろんと寝転がると左側にこちらに背を向けた三蔵。右は壁。頭の先にベッドがある。こうして横になり壁際の落ち着き具合は半端ないなとか思っていると自然瞼が重くなってきた。


「おやすみなさーい」

「じゃ僕はベッドもらいますね」


八戒は白竜と一緒にベッドに入った。


「おい、その前に誤解を!誤解をといて、」


いつまでも立ち往生している悟浄に、



「うるせええええええ!!」


ドギューン!!


三蔵の銃口が火を噴いた。


悟浄が静かになったのは彼が睡眠についたからなのか、それともこのドギューン!!が原因だったのかは……知らない方が良いかもしれない。


ただただ睡魔に意識を侵食される。ブラックアウトする意識のなか…私が異世界から来たなんてことを簡単に信じてくれたのは……悟浄も悟空も普通とはちょっと違う存在だったからなのだなぁと…妙に納得していた。そして、八戒と三蔵にも、そんな境遇や過去があるのだろうと、思った。








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しんと静まった真夜中。
室内には悟空のぐごぉという寝息と姫子のすぴーという寝息だけが響いていた。
二人の寝息に挟まれている三蔵は寝つけないのか、しかめっ面で起きあがった。ベッドサイドに背を預け、おもむろに枕元に放っていた煙草を探りよせ一本取り出す。月明かりしかない暗闇でも、手元を見ずともできる慣れた動作だ。ライターでぼんやりと小さな火をだし煙草を近づけた。口に広がる煙を肺まで吸い込み再び吐き出す。

すると背中に振動が伝わった。
ばさばさとシーツのかすれる音。


「眠れないんですか」

背後からの声。どうやら八戒も起きあがったらしい。
だが三蔵は振り向かずに、返事もせずに、煙草だけ吸い続ける。


そして今度は、悟空の隣から人の動く気配。


「ちょい火ぃ貸してくれや」


三蔵は黙って悟浄にライターを投げた。



「サンキュー」


煙草の煙が増える。ぐっすり眠っている未成年二人を前に、三蔵と八戒、悟浄の三人は何とはなしに二人を見つめていた。


ふいに八戒が、くすりと静かに笑いながら口を開いた。



「類は友を呼ぶ、って言うんですかねえ」


昼間明らかになった姫子の身の上を八戒は思い出していた。自分もなかなか重い過去を背負っているが、まさかこんな何も考えずに時間を浪費しているように見える少女に、両親に捨てられただとかいう洒落にならない生い立ちがあろうとは思いもしなかった。

おそらく、今起きている他の二人も大体似たようなことを考えているのだろうと彼は思う。


その証拠に、


「しかしよくもまあ、似たようなヤツばっか集まるもんだな」


と悟浄は天井に向かって煙を吐き出した。


三蔵は相変わらず何も言おうとせず、ただ、フンといつもの調子で鼻をならすだけだった。


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