ニシヘヒガシヘ

笑いあって五人になる
三仏神は、この女が異風の者だと断言した。
俺がこいつを連れてきたのも、それが理由だとも言ったが、あいにく俺にはそのようなものを感じ取ることはできなかった。
悟空たちと渡り歩けるほど法力に長けているようだから、ただ者ではないと判断し三仏神の元へ連れて行ったに過ぎない。


……いや、それだけでなく。


十三年前に出会った、あの女と瓜二つであったから。


彼女は何と言って金山寺に来たのだったか。
確か山に迷い込んだという理由だったはずだ。
異世界から来たという言い訳など話題にすら上がらなかった。

しかし彼女の正確な出身地なども聞いたことは無かったな……。


隣を歩く女を横目で見つめる。
今日のところは俺の寺で一夜を明かし、明日、悟空たちと共に長安を出発する段取りとなった。
初めて来た長安が余程もの珍しいのか、通り過ぎる都の様子にせわしそうに視線をきょろきょろさせている。玉砂利の敷かれた脇道とか、花をつけ高く茂る木だとか、そんなものだ。


「何がそんなに面しれえんだか」

「いやだって、長安って本当に凄い街なんだなと思って。世界史の先生がこの時代のニューヨークって言ってたけど、うん、この時代にこれだけの文明があるなんて本当にすごい」

「…はあ?」


言ってる意味が一つも理解できねえんだが…。


だが、あいつもこんな人を煙に巻くような話し方をよくしていたな。
その術中にはまり、見事に本音を暴露させてしまった思い出もあるくらいだ。


――――そして。


(全く同じ声じゃねえか……)


名前も同じ。
顔も同じ。

それなのに時間軸だけがかみ合わない。

年を尋ねれば十七だという。


彼女が消えた当時、俺は八歳。いまから十四年も前になる。
彼女の年齢を聞いた覚えはないが、おそらく今目の前にいる女と変わらない年頃だったはずだ。
そうすれば、今彼女は十七+十四で、三十一歳という計算になるが・・・どう見積もってもこの女は二十歳にも達していない。

なんの因果があり、彼女と全く同じ容姿なのか。



「結構広いお寺だね」

既に寺院の敷地内に入り、女をとりあえずは、と仕事部屋へと案内する。


―――尋ねればいいだけの話だ。お前と寸分たがわぬ女を知らないか、と。


部屋のドアの前まで来たとき、俺の足が止まった。


「ここ?」

女は扉を引こうとしない俺を見あげる。

じっと女を見つめ返した。その瞳の色さえも……ただ、懐かしい……。




「お前、」


と言いかけたところで、



「さんぞーっ、おっかえりぃー!」


バーン!!と音をたてて扉が開いた。

突然開かれた扉に俺はさっとよけたが、


「どぅわぁっ」


女は見事に全身を打ち付け廊下に転がっていた(どぅわぁって何だどぅわぁって)。


「おい、」

手を伸ばしかけたところで女は壁に手をつきながらヨロりと立ち上がった。

壁に手をつき、ふらりと立つ女を目にし、


「あれ、こいつ」

きょとんと目を丸くする悟空。


……チッ。



「…こンの馬鹿猿ー!」

バァンとハリセンを悟空の頭に浴びせた。


「いってぇ!何すんだよ!」
「いきなり開けるヤツがあるかあー!」
「だって足音聞こえたから帰ってきたと思って!ていうかさ、この人!」


悟空の指差す先には、



「ど、どうも」


相変わらず黄砂まみれのままの宮野姫子が、顔を引きつらせながら片手をあげていた。





****
*****
******



玄奘三蔵に促されるまま室内に入ると、先ほどやりあった二人の妖怪がいた。


「あっ、テメ、さっきの!」

と指を指してきたのは赤い髪の妖怪…。


「さっきはよくもやりやがったな!」


おわー何か怒ってんですけど…!


「そ、そんな言われたって!私だってここ数日妖怪たちに襲われ続けて妖怪不信的なものになってたし、砂漠を歩き続けてもう疲れ切って錯乱気味になってたんだからしょうがないじゃん!」

「砂漠を歩き続けた?」

と黒短髪の彼が眼鏡の奥の目を丸くした。

私は頷き、

「砂漠や山を、こう、ふらふら〜っと彷徨いましてね」
「ああ、だからそんなに薄汚い恰好なんですね」

彼はぽんっと手を叩いた。

ちょっ…


「薄汚いって眼鏡てめーコノヤロおい…まあ薄汚いけれども…」

「でもよお、なんでそんな砂漠を歩き回ってたんだ?」

と金色の瞳をくるくるさせ少年が尋ねてきた。


「えぇっと…」


言っちゃっていいかな?
言っちゃっていいよねコレ。
だって一人もう知ってるものな私の正体。

私はチラリと玄奘三蔵を見た。彼は椅子に座り足を組み悠々と煙草をふかしていた。

あれが坊主でいいのか…。つかマルボロあるんだこの世界に…いや不思議の国桃源郷だもの何があっても驚くまい…。


私はぐっと息をのみ、


「実は私、」

「異世界から来たらしい」


へっ?

途中からセリフを取られた。
ぽかんとしながら私のカミングアウトを遮った玄奘三蔵師を見る。
彼は私以上に不可思議そうな表情をしている三人に、私がこの世界にやってきた経緯や天竺への旅に同行することなどを淡々と説明しだした。

そんな彼を見て初めて私は気が付いたのだった。


(光明三蔵さまと同じ格好…)


気付くの遅ぇぇ――っ…。

こいつに殴りかかったとき私はどれだけ錯乱してたんだよ…。
それに彼には光明様のように額に赤い印がある…。
そして彼の肩にかかっている翡翠色の経文さえも今初めて気が付いた。
でもあれは聖天経文ではないんだよね?盗られた、って言ってるってことはさ。
ではなにゆえ同じ装丁なのかしら?機会があったら聞いてみよう。



「へぇ〜っ!あんたも一緒に来るんだ!ははっ」

少年の笑い声にはっとなり、曖昧に頷き返す。話し終わったみたいだ。


「なんだよ悟空、やけに嬉しそうじゃねーか」

ううん?と赤髪が少年の顔を覗きこんだ。この少年が孫悟空……。


「だってよ、こいつメチャ強かったじゃんか!なあなあ、俺悟空!あんたは!?」

そういやここまで自己紹介なしで話し進んでたんだね、うん、適当だね、ここの人ら!


「宮野姫子。よろしくね」
「なあ姫子、あの紙なんだ?すげえよなあれ」
「いやいや、悟空の方が凄くね?カメハメ波出したりスーパーサイヤ人になったり筋斗雲乗ったり」

「貴様は何を言ってるんだ」

玄奘三蔵が呆れ顔で紫煙を吐いた。

「あっちの世界でそういうカンジなの!」
「そういうカンジってどういうカンジよ」
「ええっと、あなたは…」
何と呼べばよいのやら。私の表情を読み取り、赤髪の男はふっと微笑んだ。
「俺は沙悟浄。さっきは強く言っちまって悪かったな。姫子チャンみたいな可愛い女の子が一緒なら俺大歓迎よ」
彼は歯の浮くようなセリフを淀みなく言い終え、仕上げにウインクを寄越した。

…ウインクって…ウインクって…。

顔を引きつらせていると、

「悟浄には気を付けてくださいね。彼、目に入った女性なら誰にでも食いつきますから。
あ、僕は猪八戒です。どうぞよろしくお願いしますね」

にっこりと猪八戒は満点の笑顔を浮かべた。だけれども彼の言葉には何かしら嫌味が含まれているものとわかったので、ここでもまた曖昧な引きつり笑いしか返せない私だった。


「八戒てめ、余計なこと言いやがって!」
「事実じゃん」
「うっせ猿!それ言うなら三蔵だって姫子に殴られて喜んでただろうが!」
「口から出まかせ言ってんじゃねえよゴキブリ野郎!」
「そもそも姫子さんはなぜ女性とは思えぬ恰好で三蔵に殴りかかってたんですか?」
「神様に見えたから」

ぽかん、と悟浄八戒悟空が私を見返した。


「こんな世界にワープさせやがってえぇって神様的な存在に凄いムカついてて、で、石段から見上げたら三蔵がいて、髪の毛とか冠とかを太陽の光が反射してて、いろいろ光ってて……まあ、よく見たら、」

三蔵が、あん?とこちらを見た。


「こんな目つきの悪いヤローが神様に見えたなんて、私の目は節穴かって話だよね」


はぁー、まったくため息が出ちゃうわ。
やれやれ、と苦笑いしながら両手をあげると、


「ぶっ…」

悟浄が耐え切れないというように吹き出し、


「はーっはっはっはっははっ!」

八戒がお腹を抱え、


「三蔵が…神様…!!姫子砂漠でどんだけ疲れてんだよ!ぎゃははっ!!」

悟空は机をバンバン叩いて笑い転げた。


「ほんとだよねー」

私も釣られて笑いがこぼれた。


「この生臭坊主が神様だあ?こりゃおかしくてたまんねーや…あーひぃーっ」
「悟浄ちょっと言い過ぎですよ…ははっ」
「そういう八戒も笑ってんじゃん…ぎゃはははっ!」
「まあまあ、そんな笑っちゃかわいそ…くっ…」
「ちょっとちょっと、姫子さんが原因じゃないですかー」
「それは確かにそうだけど…ぶはっ」

「てめぇらいい加減にしろーっ!!」

ガウン!ガウン!ガウン!

じゅっ、銃声ーーっ!?


「なななななっ!」

驚いてみやると、三蔵が硝煙の立ち昇る銀色の小型銃を掲げていた。


「あ、姫子さん、驚かないでくださいね。これ三蔵の癖ですから」
「と、とんでもねぇー…っ」
「だろ?姫子はこんな野郎を神…ぶははははっ」

「貴様らさっさと帰りやがれーっ!
それと姫子!てめーはさっさと風呂行って来い!きったねーんだよ!!」

「きったねーってそれがレディに対する…あいたーっ!」


げしっと蹴られ、私たちは外に追い出されてしまった。


バタンと音をたてて閉まる扉。

それを見て再び笑ってしまう私たちだった。



ひとしきり笑い終わると、私はここに初めて来たんであって風呂場などどこにあるかもわからないことを思い出した。

「ていうか風呂ってどこにあるんだろ…」

「あ、俺知ってるよ!ここに住んでるから!」

悟空がにぱっと笑った。


「ホント?教えて!」
「いいよ、こっち」

悟空がくるりと背を向け歩き出す。
そして彼について行こうとしたところ、


「では、僕たちはおいとましますかね」
「ああ」


八戒は頭を下げて、悟浄は片手を上げて帰って行った。




河童じゃないし豚じゃないし猿じゃない。
でも、妖怪。
三蔵法師さまは銃を持って煙草も吸う破戒僧。


これが不思議の国桃源郷の西遊記……。
西へ行くってよりも、最もテキトーな人たち、って感じがするなぁ…。
でもみんな悪い人じゃない。

明日からの西への旅が可及的速やかに終わって、さっさと現代日本に帰れますように!

そんなことを思いながら、何日かぶりのお風呂を私はゆっくりと楽しんだのだった。

そう、天窓からのぞく、大きな満月を眺めながら。


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