おともだち



「あんのクサレ先公くたばりやがれェェェ!!」

プラスティック製のショットガンを60インチの液晶画面に撃ちまくる。画面内のゾンビたちは、わたしの放った弾丸で断末魔を叫びながら次々に倒れていった。土井先生に対するムカつきをめい一杯引き金にこめ、ゾンビをぶっ倒していくのは、このうえないストレス発散。・・・・・・快感。『collect!』の文字が金色に踊り、廃墟のステージは最上階へと移った。
午前一時を回ったゲームセンター。ここに家族に内緒で夜な夜なやってくるのがわたしの隠れた習慣。こんな時間に家を抜け出していることがバレたら両親にこっぴどく叱られてしまう。わたしはいつも家族に見つからないように、二階の自室のベランダから物置の屋根に降り、そこから着地して家を抜け出している。クローゼットに仕舞ってある紙袋にはadidasの上下のジャージとスニーカー、そしてミッキーマウスのキャップと色の入ったサングラス。わたしは日付が変わるとそれらを全て身に付け、ベランダへと出るのだ。この格好をすれば年齢不詳になり補導員の目も誤魔化せる。
「ぬあにが保健委員長だァア!おめー絶対ぇ女にさわるために保健委員入っただろうがァァ!!」
最終ステージでは矢継ぎ早にドブ色のゾンビたちが襲ってくる。わたしは昼間の伊作先輩への怒りを最大限にショットガンにこめた。
「うらぁぁぁぁぁ!」
最後のゾンビが倒れ、『ALL CLEAR!』の大きな文字が出ると、盛大なファンファーレが鳴り響いた。
・・・・・・ふぅ。参ったか、ゾンビめ。あー、土井先生と伊作先輩も、このゾンビたちのようにショットガン撃ち込んでやりたいわ。
いささか乱暴にショットガンを戻すと、
「桜子、今日荒れてんなー」
「小平太!」
隣の工業高校へ通う七松小平太だった。小平太はバイクの整備士を目指していて、そのために勉強している。ロクに授業をきいていないわたしとは大違いだ。性格だって悪くない。わたしは黒ジャージにキャップ、グラサンという怪しげな格好をしているわけだけど、小平太はわたしが何度かゲームセンターで様々なアーケードゲームを制覇していくうちに声をかけてくれたのだ。屈託のない小平太にわたしの警戒心はとけ、急激に仲良くなっていった。
「もう最悪な気分だよ。これでストレス発散してた」
「へぇ、進学校も大変なんだな」
「うん、まあ」
そう、あの学校はちょっとした進学校なのだ。お兄ちゃんがいるから無理やり勉強しまくってなんとか合格したけど、やっぱわたしの頭じゃ授業についていくのが精一杯どころか先生の言う言葉が全く知らない外国語のように聞こえるレベル。おまけに変なのに目をつけられて、我ながら救いようがない。
「・・・いつになく暗い顔してるな。カラオケでも行くか?」
カラオケ!
「行く行く!」
ゲームセンターの次にわたしがよく行く場所。それがカラオーケストラ、略してカラオケ。同じ学校の人に見つからないように電車を乗り継いで別の町のカラオケボックスへヒトカラに行くこともあるほど、わたしはカラオケが好きなのだ。ゲーセンに入り浸るのと同じく、ストレス発散できるから。


「〜♪かした金かえせよぉぉ!!」
「イエエェー!!」
わたしのしゃがれた歌声に小平太が腕を振り回す。学校で抑圧されているわたしにとって、小平太は唯一、気兼ねなく一緒に遊べる友達なのだ。
「じゃ、つぎ林檎ちゃん歌いまーす」
「おー、どんどん歌え!」
さっきのロックバンドのときのしゃがれ声とは打って変わって、女性ボーカルの曲を高く音程を取りながら歌い上げる。バンドマンの酒やけした声から女性シンガーの高音ボイスまで、これぞヒトカラクオリティ。わたしは特別に好きな歌手やバンドがあるわけではないので、デンモクの年代別やチャートのランキングを片っ端から歌っていた。そしてカラオケ採点で高得点を弾くまで同じ曲を延々と入れ続けるのだ。結果わたしは、あらゆるJポップに対応したカラオケをこなせるようになっていた。人前で歌う機会なんてないから、この特技には全く意味がない。合唱コンで出しゃばるなんて恐ろしすぎて、腹から声を出そうとしたことすらなかった。わたしはわたしのストレス解消のためだけに歌う。
「でも桜子ほんと歌うまいよな」
小平太にこうやって誉められるのはとても嬉しいけど。
「バンドでも組めば」
「そんな友達いないから」
「あー、そりゃそうか」
がはははっと笑う小平太は、わたしが学校で浮いていることは知っていても、お兄ちゃんが好きだということまでは話していない。小平太は、わたしがお兄ちゃんを好きだなんて知ったらなんて反応をするんだろう。・・・絶対引くよね。

一時間半後、わたしたちはカラオケボックスを出た。真夜中の町は、濃い闇と居酒屋やカラオケボックスのネオンとのコントラストが不思議な高揚感を湧き上がらせる。小平太は路肩に停めていたバイクのエンジンをかけると、ヘルメットを手渡してきた。わたしはそれを受け取りバイクの後ろにまたがる。今日のように帰るタイミングが同じとき、小平太はわたしをバイクで家まで送ってくれた。バイクのエンジンの振動が伝わりバイクが発進した。
「小平太ってさ、彼女とかバイクに乗せるの?」
こんなことを言ってしまったのは昼間の伊作先輩とのことがあったからだと思う。
「何だよ、いきなり」
そういえば今まで小平太に彼女いるの?とか聞いたことなかったな・・・。
「なんとなく、今聞いてみたり」
「オレ彼女いねーもん」
「ふーん」
「桜子は?彼氏」
・・・きたよ、質問返し。
付き合えとは言われたけど、あれは脅しで、彼氏彼女って言うのかな・・・。
返答に困っていると、
「何だよ、いるの?」
「・・・・・・・・・いない」
わたしのなかで、あれは彼氏と呼ばん!コンビニの店員にイチャモンつける田舎のヤンキーみたいなもんだね!!
「ふーん。そういや、今日あんなに機嫌悪かったのって何でだ?学校で何かあったのか?」
ぎくり、と小平太の広い背中を巻いていた腕に力が入る。
何かあったどころじゃない。わたしの人生が一転してしまったのだよ・・・・・・。
小平太に話そうか?
伊作先輩のことを話せば、わたしのお兄ちゃんへの気持ちも話さなくてはならないだろう。土井先生とミチルのことについては、交友関係の広いミチルのことだから、小平太の周りの誰かがミチルを知っているとも限らないし・・・・・・
「何もないよ。ちょっとお兄ちゃんと喧嘩しただけ」
喧嘩はしてないけれど、今日帰宅してから、わたしはお兄ちゃんとほとんど目を合わせることができなかった。もちろん、伊作先輩のせいで。
「兄ちゃんか。お前、結構兄貴のこと話にだすよな」
「あはは」
バイクが夜の風をきる。伊作先輩のことも土井先生のことも誰にも言わない。我慢しとけば、いつか飽きてくるだろう。そう楽観視していたわたしは何て愚かだったのだろう。




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