宝物は何ですか



文化祭の翌日は振り替え休日だった。午前中は、もう全然起きれなくて目が覚めるともう昼の二時。家中がしんとしているから家族はみんなどこかへ出かけているようだ。折角の休日をここまで無駄に過ごしているのも、あの学校でわたしくらいじゃないだろうか。このまま寝過ごすのも悪くないけど、久しぶりにゲーセン行くか。
のろのろとジャージに着替え、グラサンをかけ最後にミッキーマウスのキャップをかぶる。あのネズミ王国でお兄ちゃんが買ってくれた帽子。あれは、わたしがまだ中学生で、お兄ちゃんが高校生になったばかりの頃だったかなぁ。初めてのバイト代で、お兄ちゃんはわたしにプレゼントしてくれたのだ。これを被って、ゲーセンというわたしが最も落ち着く場所のひとつにいる事で、わたしはとてもストレスフリーに時を過ごせるのだ。我ながらキモイ。
のろのろと用意をして家をでると既に夕方だった。まだ会社員やOLの帰宅時間にもなっていないから街や道はそんなに混雑していなかった。通いなれた自動ドアをくぐり、真っ先にわたしはガンゲームへ近寄った。
「あ〜会いたかったよ〜」
頬ずりしたくなる衝動にかられ、100円玉を押し込もうとすると、
「桜子久しぶりだな!」
「小平太ー久しぶりー」
「オレもやっていいか?」
「うん、二人でやろうよ」
ショットガンをとりながら、ふと周囲に目をやると、
(げえっ!!)
金曜の夕方ということもあり店内はなかなか混んでいた。その何割かはカップルでクレーンゲームをしている二人組の男の方、あれは紛れもなく、
(土井先生・・・・・・)
「ね〜アレとって〜」
「任せろ」
とかイチャつきながら二人でぬいぐるみを取ろうとしている。しかし、隣にいる女はミチルでも巨乳先輩でもない、わたしが見たこともないような女性。高校生でもなく、土井先生と同い年くらいの人だ。キレーな人だなぁ。あれが本命かー?
「ったく、あのタラシが先公とか」
「桜子何か言ったか?」
「いや別に」
休日に担任と顔を合わせるなんて映画が始まった途端にポップコーンをひっくり返してしまうくらい不幸だ。ここは何とか見つからないようにやり過ごそう。万が一顔を合わせても、わたしはジャージにグラサン、キャップという格好である。わたしだってわからないだろう。もしわたしが顔を出していても、おそらく土井先生も知らないふりをして通り過ぎてくれるに違いない。
「さー久しぶりだからなー、ラスボスまで行けるかなー」
「桜子なら大丈夫だろ」
カチャン、と百円玉を投入したところだった。
「キャーッ!!」
どこからか女性の悲鳴。
「なんだなんだ」
小平太が野次馬根性丸出しで悲鳴のした方向を見る。わたしもつられて見やれば、
「おい、てめぇぶつかってきてんじゃねーよ!」
「お前たちが勝手にぶつかってきたんじゃないか」
なんと土井先生たちが不良高校生に絡まれていた。白ジャージに汚ならしくアッシュに染めた少年が土井先生の本カノの腕を取っている。彼女は腕をとられ、思わず悲鳴をあげたらしかった。
「こんなイイ女、オッサンに勿体ねーから」
「オネーサン、俺たちと遊ばないー?」
「お前たち、何をする!」
「オッサンは黙ってろよ」
高校生は見事な右ストレートを土井先生の腹にキメた。相手が高校生四人じゃ、土井先生も手が出ないかぁ・・・。周囲の人々はチラチラ見てるけど、みんな何もしない。店員だって気づいてるだろうけど面倒ごとは誰だって避けたいよね。警察に電話することもなく、各々が自分のやりたいようにコインゲームをやったり、バスケットボールをネットに入れるゲームをやったりしている。あ、土井先生たち、なんか奥に連れてかれてる・・・カツアゲされんだろうなー。ははっ、ざまーみろっつの。
「桜子どうした?」
「へっ?」
あわてて画面に視線を戻すと、もう第一ステージは逆転不能なまでにゾンビたちにやられていた。体力のゲージはもう真っ赤である。
「カツアゲなんて日常茶飯事だろ。オレたちが構うことじゃねぇよ」
「そうだね・・・」
「もっかい百円入れるぞ?」
「うん」
そう、わたしには関係ない。土井先生がオヤジ狩りにあおうが、わたしは散々土井先生にいびられてきたんだから見てみぬフリをしたところでバチは当たらないはずだ。でも、なぜだろう、胸がスッキリしないのは。ここで見てみぬフリなんてしたら、それこそ大嫌いな彼らと同じレベルになるんじゃないか―――。
「ごめん小平太、あれ、あたしの知り合いなんだ」
「おい桜子っ?」
わたしは流していた黒髪をゴムでひとまとめにしてキャップに押し込んだ。ジャージのポケットを探るとマスクが出てきたので、それも身に付ける。これで、わたしだってバレないだろう。大急ぎで土井先生たちの消えていったほうへ向かうと、そこは古いアーケードゲームを集めた一角だった。土井先生の彼女は男子高校生の一人の膝に座らされていて、土井先生は高そうな黒い財布から万冊を抜き出しているところだった。あーあ、教壇での自信満々の土井先生はどこへやら。
「なんだテメー」
高校生の一人がわたしに気づいた。
「ちょっと、その人ら放してくんない」
「ああん?」
「アレ、コイツ、このゲーセンでしょっちゅう見るヤツじゃね?」
「うわ、ホントだ。ジャージにグラサン、お前まじキモイから」
「消えろよ」
こいつらぁぁぁっ!!!
「こっ、これで勝負だ!」
わたしは自分の近くにあった格闘ゲームを指差した。
「これであたしに勝てたら退散するよ。その代わり、あたしが勝ったら、その二人を放してもらう」
「ハッ、おもしれえ。やってやろうじゃん」
頭だと思われる金髪の男がニヤリと笑い、赤いクッションの低い椅子に腰掛けた。わたしも向かい合う台につく。
「おい、きみは誰なんだ!?」
「黙れよオッサン」
茶髪の男が土井先生に蹴りを入れた。まあ、いつもは長谷川先輩たちにやられてる身としては、そこで土井先生のうめく姿に根性なしと思わないこともない。
『Ready Go!』
おーっと始まってしまった。相手はなんか自信ありげだったけど、やったことあるのかな?
「俺ここの常連だからよぉ、このゲームだって何十回とやってんだ」
相手は空手着の短髪キャラを選び、わたしはチャイナ服のセクシー美女をファイターにした。短髪の蹴りがチャイナ服に繰り出される。しかし、わたしは鍛えたボタンさばきで、あっさりそれを防御し、蹴ろうとした短髪の足を取り、振り回した。
「なぁっ!!」
とどめに二つのボタンとSTARTタブを押し、最強技の裏技をキめ、短髪は「おうわぁ!」と血を出しながらフィールドに倒れた。チャイナのセクシー美女がスリットを見せながら「甘いわよ」なんて言って『KO!』の赤い文字が躍り出る。
「こっちは三百六十五日ほぼ来てんだよ。こんなクソゲー、何百回とやってるっちゅーの」
呆気に取られる高校生たちを睨みながら、わたしは立ち上がった。
「ほら、早くそのオッサンを放し・・・」
「この女、ナメんじゃねぇっ!」
なんと、わたしに負けた金髪ピアスが逆ギレし、殴りかかってきた。
「お前、約束と違うじゃん!」
どうにか交わしたが、
「うるせー!!」
(聞くきねぇーっ!!)
頭がキレたのを引き金として、他の者たちも襲ってくる。
「てめー調子のってんじゃねーぞ!」
「やっちまえー!」
(怖ーーっ!)
でも!
奴らがわたしに気をとられたおかげで、土井先生と彼女から手が離れた。
わたしは不良どもの拳や蹴りを交わすと、先生たちのところまで一気に距離をつめた。
「裏口から逃げますよ!」
「あっ、ああ!」
腰が抜けそうになっている土井先生の腕をとり、土井先生が彼女の手をとったのを確認するとアーケードゲームの一角から走り出た。
「待てぇぇ!」
うわー追いかけてくる・・・。
赤や金の髪をした連中に追い掛け回されるってのは想像以上に恐怖だ。わたしは目に入ったバスケットボールのゲーム機を思い切り蹴飛ばした。バスケットボールがドバドバ出てきて、わたしはそれを連中にぶつけ始めた。
「これでもくらええ!!」
「おわあ!」
「いけいけどんどーん!」
って、小平太!!
なんとガンゲームに残してきたはずの小平太がボールを幾つも奴らに投げていた。小平太の強力で投げられたボールは殺傷力抜群で、あてられた少年たちは苦しそうに床に倒れている。
「小平太!」
「探したぞ桜子!ここはオレが食い止めるから、その人ら連れて逃げろ!」
なんてイイヤツ・・・・・・!!
「ありがとう!!」
小平太の協力のもと、なんとか裏口にこぎ付け外へでた。すっかり夜になっていて、帰宅のラッシュアワーで街は混雑している。
「この人ごみに紛れれば、もう大丈夫」
「・・・はぁ・・・ありがとう・・・」
息が切れながら土井先生は礼を言った。こんな最低な先生でも他人に助けられたらお礼くら言うらしい。彼女の方はショックで土井先生にしがみついたままだ。
「じゃ、わたしはこれで」
「あの、連絡先を教えてくれないか?もっとちゃんとした礼がしたい」
勘弁してくれ!!
「そんなもん要りません」
「じゃあ名前だけでも!」
「名乗る名なんてありません」
何のドラマ?
わたしはこれ以上土井先生が何か言う前に駆け出した。
「あっ!」
わたしは夜の街へと溶け込んだ。





小平太がいつもバイクを停めているコンビニの裏へ向かうと、そこには既に小平太がいた。
「小平太、無事だった!?」
「あんな奴ら、オレの敵じゃない」
ニッと笑う小平太。
「本当にありがとう。何か奢るよ」
「じゃあオレ久しぶりにお好み焼きとか食いたい。・・・あれ、桜子、帽子は?」
へっ・・・?
慌てて頭に手をやると、そこにはわたしの髪しかなかった。ゴムもいつのまにか解け、黒髪がサラサラ流れていた。
「うそー!あの帽子は・・・」
お兄ちゃんがくれて、わたしの宝物だったのに・・・!
いつ落としたんだろう・・・?土井先生たちと別れたあとだったらいいけど、そのときとか、その前だったら、わたしだとバレてしまったかもしれない・・・。
「はぁ・・・・・・」
「そんなにお気に入りだったのか?」
「うん」
そんなにお気に入りでしたとも。それに今は土井先生にバレたのでは?という不安もあり、相乗効果で落ち込む。まあ、サングラスもマスクもしていたから、その心配はないと思うんだけど。
「じゃあ、ここはオレが奢ってやるよ」
「そんな、助けてもらったのに悪いって!」
「いいからいいから」
小平太は笑ってヘルメットを渡してきた。本当にイイヤツだ。お兄ちゃんじゃなくて小平太を好きになれたらいいのに。




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