07


『それにミツ、判っておるであろうが、
これはお前が忍びに戻れるかどうか、その賭けでもあるということを
忘れるでないぞ』



学園長の言葉が呪文のようにミツの脳内を
グルグル回っている。





(そんなこと言われても
ここまで来たら やるしかないじゃないか…)




黙りこくり考え込む



彼女の沈黙を
さっきから頬を緩ませそうになっている潮江が とうとう破った。




「ところでお前、歳は幾つだ?」



潮江の視線に気がつき、



「あたし?」



学園長の言葉が引っかかっていたミツは虚を突かれた。





「お前以外に誰がいる。俺たちは全員同級なんだ。
歳を知らないのはお前だけだ」





(ちょっと聞き返しただけなのに何を偉そうに・・・)


と心の中で舌打ちしたミツだが
喧嘩腰になっては面倒なので口には出さない。





「十五」



真顔で答えた。




「なんだ俺たちと同い年か」



“同い年”
そう言った潮江の顔をミツはまじまじと見つめた。


さっきは心中で舌打ちしただけで思考を晴らせたが
今度ばかりは思ったことが
つい反射的に口をついて出た。




「潮江君が同い年い?五つくらい上だと思った」


「君づけなんて柄じゃない 止めろ。
まあ、年上に見えたのは、俺は他の奴らと違って日々、己を鍛えているからな。その精悍な空気が出ていたせいだろう」


「じゃなくて文次郎の顔が」


“精悍な空気”をミツはあっさり否定した。




「貴様俺が老け顔と言いたいのかッ!!!」



気色ばむ潮江に




「事実だろ」


さらりと言う仙蔵である。


「仙蔵きさまぁーッ!!」


仙蔵に掴みかかりそうになる潮江。



彼を落ち着かせるべく、




「み、みんな仲良くしようよお―」


伊作が苦笑しながら、潮江を制した。



「なんだ伊作!文句があるなら まずはお前からだあー!」



潮江は仙蔵を差し置いて 伊作の胸ぐらを掴んだ。



「なんで僕なんだぁー!」





(こりゃ学園長の言ったとおりだな・・・)




元を正せばミツが原因なのである。
そして 火に油を注いだのは仙蔵だ。
にもかかわらず
仲たがいを取り持とうとした伊作が潮江の攻撃を食らっている現状。

伊作は「みんな仲良く」という
大人たちが面倒ごとを避けるためだけに用意した道徳を
根っから疑いもせず信じているのだった。


忍者には不向きであるという評価は間違っていないと確信するミツである。



そんなことを思われているとは露知らず
伊作は潮江から解放されると
慣れない転校生を気遣うように




「ずっと気になってたんだけど、なんで編入してきたの?」



親しげに彼女に話しかける。



のだが、




「なぜって・・・」




ミツの口は重い。



「なんだ、言えない理由でもあるのか」


仙蔵が冷ややかに言う。
その目つきは、小さいながらも明らかなミツへの敵対心を宿していた。

彼の中でミツにへの対抗心は まだくすぶっているのだ。


この仙蔵という少年の目つき。
ミツは何か自分がしただろうか、と
彼らと初めて会ってから今までの短い時間を思い返すのだが
彼を怒らせた理由が何も思い至らない。

土井半助に対する無礼で彼らが度肝を抜いたことはハナから頭から抜けてしまったようだ。




――仙蔵が彼女に持つ燃え盛る負の感情の原因は言うまでも無く――


昼間の学園長室で、彼女は仙蔵が予想したように
確かに完全に寝入っていたわけではなかった。
しかし、完全に狸寝入りをしていたのでもない。

彼女は寝ぼけ眼でも殺気や邪気には敏感に反応するが
それらとは対極にある学園の生徒など気にも留めていなかっただけだ。


だから、彼らが交わしていた会話は一つも耳に入っていない。


ミツにとって、完璧に気配を消すなどということは呼吸と同じで、つい無意識のうちにやってしまうこと。

ミツは仙蔵が自尊心を煽られたなど夢にも思わない。


この美しく整った顔をしている仙蔵という少年は、もう自分とは生理的に相性が悪いのではないかとすら思うミツである。


自分とは生理的に相性が悪い相手。
その前で自分の過去を暴露するのはためらわれる。



が、それ以上に、




この学園に来るまでの自分の経歴など
お世辞にも誉められたものではない。

聞いたほうが気まずい思いをするのは目に見えているし、
意味の無い好奇心を持たれても困る。




「言えないわけじゃないけど、そんなこと聞いてどうするの」



仙蔵の棘のある言い方を気にしたわけではないが、ミツは下を向いた。





「そんなことだなんて。僕たちは同じ任務についた仲間だろ。ミツちゃんのこと知りたいさ」



伊作の声だ。ミツは顔を上げた。
下を向いた彼女が顔を上げればすぐに目の合う位置。
そこに伊作の顔があった。


困ったように眉を八の字に下げ、
口は必死に何か言葉を探している。


ミツの目にはそこに
“私はお人好しです”と書かれているのが映る。



その伊作の顔を見て、




(ここまで来たら やるしかないか…)



学園長の言葉と共に
頭を回っていた決意にも似た言葉が
再び頭をよぎった。



このチームに加えられた時点で気づくべきだった。
ミツは、あのとぼけた老人を少なからず恨まずにはいられない。


こんな風に一度 知り合ってしまったら
この四人を見捨てることは できそうにないのだった。


ここに来るまでの自分は、“彼”を護るために生きていた。自己犠牲の元に誰かを保護することにあまりにも自分は慣れ過ぎている。刀も手裏剣も、そのために与えられた。


だから、

自分の内に歩んできた人生の分だけ培われてきた能力
両親がくれた 唯一のモノ
自分でも持て余しているそれを
彼らのために行使するのに何の躊躇いもない。





「ぼそぼそ…」


さっきから石のように黙っていた中在家が口を開いた。



「いつも通り声が小さくて聞き取れん。長次、今何て言ったんだ」


と、音を拾おうと耳の周りで手を広げる潮江だが、
ミツの よく訓練された耳にはしっかりと聞こえていた。




『言いたくなければ、言わなければいい…』



「・・・ありがとう」


ぎこちなくミツは礼を言った。


小さく頷く中在家。


そんな二人に、
中在家の言葉が聞き取れなかった三人は首を傾げるばかりである。



伊作は

「まあ、ミツちゃんのことは追々聞くとして」


仕切りなおそうとする。



「ミツちゃん、だなんて、ちゃん付け、この女に似合わねえよ」

老け顔のレッテルを貼られたことを根に持つ潮江が混ぜっ返した。



「女の子なんだから普通だろー」


頬を小さく膨らませる伊作。



当のミツは、



「まあ、苗字でなければ何と呼んでもらっても構わないんだけど」


「はあ?何でまた?」


と潮江が頓狂な声を挙げたときだった。





「お前たち、ここで何をしている!」






伊作の恐れていた悲劇が幕を開けようとしていた。











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